ぼっち姫、プルットの裏の顔を知る。

 あの茶番劇が終わった翌日、俺達はプルットに呼ばれて彼の部屋に集まった。


 プルットの隣に見知らぬ男性が一人立っている。

 その男が何者なのかは別に興味もないので聞かなかったのだが、それはプルットの紹介ですぐに分かる事になった。


「こぉの方はぁ~この町で入出管理を行っているアレク殿というので~す」


 あぁ、なるほど。こいつに協力してもらって身分証を作ってもらう訳だ。


「ご紹介に与りましたアレクセイ・バンドリアと申します。以前は王都にて身分証発行業務に携わっておりましたのでコネもありますしこちらでとりあえず発行だけしてしまって、手続き等は後程こちらですべてしておきます。何か質問がありましたらなんなりとお聞きください」


 お役所勤めをしていた人間らしく随分堅苦しい言葉遣いをする男だ。

 しかもその顔は完全に無表情ときている。


 しかし、ちょっと待てよ?


「俺が以前身分証を発行した時にはかなりめんどくさい手続きが必要だったがそれをお前が全部肩代わりしてくれるっていうのか?」


「ええ。いつも懇意にしていただいているプルット様の頼みとあれば断わる事などできますまい。貴方様の状況は簡単にですが聞き及んでおります。確かにそういうややこしい状況下では通常の手続きで身分証を発行するのは難しいでしょうしね」


 平然といいやがるが、それはいったいどういう手続きをするつもりなんだ?

 身分証を偽造して手続きをコネでなんとかするって言ってるのか、或いはコネを使って正式な身分証を用意すると言っているのか……。


 それに関しては聞かないでおこう。

 あまり知りたくない。

 行政関係のややこしい問題に俺が首を突っ込む気はないし、実際その辺のややこしい事は俺には分からん。


 俺にとっては身分証さえ発行してもらえるならそれで充分だし、それが偽物だろうと本物だろうと使えればいいのだ。


「特に質問が無ければこちらの書類に貴方……セスティ様と、もう一人、そこのお嬢さん。一人ずつ手を当てて下さい」


 アレクは机の上に俺とめりにゃん、二人分の書類を用意した。

 デュクシとナーリアは既に身分証を持っているし、ライゴスは見た目が完全に魔物なのでどうあがいてもぬいぐるみ化以外で街に入る手段は無い。

 俺とめりにゃんのさえ確保できればあとはどうとでもなる筈だ。


 俺とめりにゃんは机に近付いてそのザラついた手触りの書類の下半分、手形のマークがついている場所に自分の掌を合わせた。


 これは以前王都で身分証を発行した時にも使われていた特殊な魔法具で、一定時間掌を当てる事で対象の外見情報を読み取り、身長や外見などを記録する事が出来る。


 そして、俺達の情報保存が完了すると、アレクはもう一枚ずつ小さな厚手の紙を用意し、それを先ほどの書類の上半分に押し当てる。


 うっすらと柔らかい光を放ち、小さな紙の方に俺達の情報が転送されていく。


「本来正式な手続きを経て名前の情報もここに転送されるのですが今回は特別な事情なので私が手書きで書き加えておきます」


「手書き? それで身分証として機能するのか?」


「大丈夫です。ここに管理会の認印を押しておきますから」


 そう言ってアレクは懐から四角い何かの石で出来た印を取り出し、小さな紙に捺印する。


 ……なんで以前働いていた場所の認印をこいつが今持ってるんだよ……。


 突っ込みどころがありすぎるが、プルットをちらっと見ると俺の疑問に気付いたらしく、口に人差し指を当てて首を軽く左右に振った。


 聞くな、気にするな。


 そういう事なのだろう。


「貴方の名前はプリン・セスティで間違いありませんね? そちらのお嬢さんの名前をお聞かせいただけますか?」


 めりにゃんがちょっと戸惑いながらも、アレクに名前を伝えた。


「ふむ。ヒルデガルダ・メリニャン……っと。これで完了です。このカードを身分証としてお持ちください。正式な物として使えますので」


 正式な身分証と同じように使える、ではなく、正式な物として使えると断言するか……。

 こいつ何者なんだろう?


 めりにゃんは自分の身分証を物珍しそうに掲げてはいろんな角度からそれを眺めている。

 自分の顔がそこに転写されているのがよほど珍しいのかもしれない。


 しかし、これで公的にプリン・セスティはこの外見という事になってしまった訳か。

 なんだかちょっと切ない。


 そして、ここに史上初の身分証持ちな魔物。それも元魔王が誕生した訳だ。


「ありがとう。助かったよアレク。それとプルットさん」


「いえいえ~。これも約束ですからぁ~お気になさらずにぃ~。ただ、出来る事ならあの件、よろしくおねがぁ~いしますねぇ~?」


 あぁ、奴隷商人に地獄を見せるってやつね。


「俺達がその奴隷商人を見つけたらどうしたらいいんだ? 捕縛か? それとも始末していいのか?」


 プルットは俺の言葉にニヤァ……と薄気味悪い笑みを浮かべて、「捕縛で」と言った。


「簡単に死なれては困りますのでぇ~。私としてはぁ~そういうルールを守らない糞ったれ外道商人をこの手で拷問にでもかけないと気がすみませんからぁ~」


 ……。このお人よしのおっさんが、どうやってここまでの地位に上り詰めたのか疑問だったのだが……。


 人間というのはいろいろな側面を持っているという事だろう。


 こいつにとっては自分の縄張りでルールを守っている人々は守るべき対象で、ルールを守らない奴等にはとことん容赦が無い。


 でも、俺にとってはこのくらいの方が好感が持てる。

 ただのいい奴なんてリュミアだけで十分だ。


 普段見せない裏の顔があって、それがちゃんと悪人に対して向いているならそれが一番信用できる。


「分かった。そいつらは俺が捕まえてやるよ。……でも場合によっては半殺しくらいまでなら許してくれよ?」


「はぁい。勿論。命さえあれば手足の一~二本欠損していた所で問題ありませんからぁ」


 ははは。


 やっぱこいつ第一印象通りのやべぇ奴だったわ。


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