ぼっち姫、観劇する。
リャナの町に爆音が響き渡る。
町は大混乱に陥り、人々の悲鳴があちこちであがった。
突如上空から二メートル五十はあろうかという異形の魔物が町の中心部へ降って来たのだから大混乱は当然だろう。
「我の名はイオン・ライゴス! この町を魔王様の手中におさめるべくやってきたのである! 民草よ。命が惜しければ騒ぐな! そして逃げようなどと馬鹿な考えは捨てるのだ!」
今ライゴスを中心とした半径数メートルは既に人が離れたが、ライゴスの言葉を聞いて人々の動きが止まる。
どうすべきか迷っているのだ。
すぐにでも逃げ出したい気持ちと、下手に逃げようとして目をつけられてしまったら間違いなく殺されるという恐怖。
ただでさえ、ライゴスの名乗りにはとてつもない威圧が込められていて、聞いた人々は足がすくんでその場にへたり込んでしまっている。
逃げたくても動けないという方が正しいのかもしれない。
「ライゴスだかライオンだか知らないが俺達がこの町にいる間にたった一人で攻めてくるとはいい度胸だな!」
……はい?
三人組のパーティが人々を押しのけてライゴスの前へと歩み出る。
また余計な事を……。どこの誰だか知らないが死にたいのか?
「俺は次期勇者と名高い紅の聖騎士ロンザ!」
「ボクはかの大賢者の弟子、コーベニア!」
「私は聖女の力を受け継ぎし大神官ヒールニント!」
おいおいおいどこから突っ込めばいいんだ?
紅の聖騎士ってなんだよ。どこの大賢者の弟子なんだよ。聖女って誰だよ知らねぇよ。
ロンザと名乗る男は全身真っ赤な鎧に身を包んでいて、見えている部分は顔だけだ。
かなり整った顔ではあるのだがリュミアには程遠い。
コーべニアと名乗った少年は魔法使い風のローブを纏っていて、やたらと高そうな杖を手にしている。
ヒールニントとかいう神官は長いブロンドの髪を靡かせながら「主よ……」とか呟いていた。
人々はその様子を固唾を飲んで見守っていたが、やがて「が、がんばれ!」「この町を守って!!」など次々に勝手な事を言い出す。
そして奴らはそれを聞くとますますしたり顔になって偉そうに胸を反らした。
ライゴスが困ったように、近くの建物の上からその現場を眺めている俺へと視線を向ける。
「セスティ、ライオン丸がこっち見ておるのじゃ。どうするのじゃ?」
俺の肘のあたりを引っ張りながら、隣で見守っていためりにゃんが俺に対応を求めてきた。
不本意ながら俺はこの寸劇の観客ではいられないらしい。
劇の監督などした事は無いけれど、この状況では仕方ないだろう。
俺はちょっとだけ迷ったが、拳を顔の前に出して親指を下に向け、左から右へとスライドさせた。
つまりこう言いたいのだ。
『やっちまえ』
と。きちんとライゴスに伝わっているといいのだが。
そして、ちゃんと手加減はしてあげなさいね。
本来ここで、民衆に紛れているデュクシとナーリアが飛び出して戦うはずだったのだが、その役目を奪われてしまった二人は困惑した表情でこちらを見てくる。
仕方ないのでとりあえず掌を二人に翳し、待機を命じた。
「このライオン俺達に恐れをなして固まっちまったぞ。コーべニア、一発かましてやれ」
「ふふ、ボクの魔法一発で終わっちゃったらごめんね? じゃあいくよ! アクア……」
魔法は唱えられる事はなく、コーべニアという少年は人の群れの中へと吹き飛んだ。
「なっ!? こいつ、早いぞ!!」
「ロンザ、気を付けて! こいつ今までの奴とは……っ! 私が障壁を……」
まず魔法使いが魔法を使う前にライゴスが一気に距離を詰めて、ただぶん殴った。
あの様子だと骨は何本か折れているだろうが死にはしないだろう。
続いて、防御魔法をかけようとした神官に回し蹴りをかまして、聖女の力を受け継いでいるという大神官様は鼻血を噴き出して錐揉みしながらこれまた人の群れの中に落下していった。
「さて……残るはお主のみであるな。よもや逃げ出そうなどとは思わない事である。お主が逃げればこの町の人間を皆殺しにする。お前が勝てれば大人しく引いてやろう」
それにしてもこのライオンノリノリである。
「ふざけるなっ! 俺が逃げるわけないだろう! ほかの二人と俺を同じだとは思わない事だな。 しかし今の俺は本調子では無い。そんな俺を倒した所でお前は満足できないだろう。だから二日後に日を改めて……」
「……嘆かわしい。仮にも次期勇者を名乗っておきながらそのような言い訳を……我は貴様のような腑抜けた奴が大嫌いなのである」
そう言うと、ライゴスが獣の咆哮をあげた。
まるで超音波のように響いたそれは、どさくさに紛れて逃げ出そうとしていた人々を再びその場にへたり込ませる。
目の前の次期勇者様とやらは目いっぱいに涙を溜めて、足元に妙な水たまりを作っていた。
あ~あ。ライゴスがあんまりに脅かすからあの男こんな大勢の前で……可哀そうに。
やっちまえと許可を出した俺が言える事ではないが。
ライゴスが巨大な斧を振りかぶり、ロンザに向かって振り下ろそうとした時、その声が響き渡る。
「む、むぁ~ってくだすぁぁ~い!」
人々が一斉に声がした方を見ると、そこには……。
「ぷ、プルットさん!」
「ここは危ないですよ!」
やはり奴はこの町では有名人らしい。
商人達の元締めっていうのは間違いないようだ。
「そ~この魔物さん、き~っとこの町には、貴方が満足するよぉ~な物はありませぇん! 用意出来る物であればなぁんでも差し上げますので……どうかお引き取りを願えませぇ~んか?」
こんな時でも間延びした喋り方は変わらない。
必死感を出そうとしてはいるが、大根役者すぎて見ていてヒヤヒヤする。
幸いにも、人々は恐怖と混乱でそんな事を気にする余裕はないようだ。
「……我の前に立ちはだかるとはいい度胸である。お主が我と戦うというのか?」
「ひっ、ひぃぃ~っ、私は戦う事なんてできますぇ~ん! 私に差し出せるのは、お金か……食料か、そ、それと……この命だけです! それでどうにかぁっ、どうにかこの町の人々だけはぁ~っ」
プルットは、事情を知っている俺から見たらとてつもない程オーバーなリアクションでライゴスが作った台本を演じようとしていた。
「ふふふっ。ふはははは!!」
ライゴスはその大きな口をガパッと開けてゲラゲラと笑い、やがてそれが落ち着くと、低い声でプルットに言う。
「貴様の命一つでこの町とつりあうと思うのか? おこがましいにもほどがあるのである! ……しかし、我はそういう馬鹿は嫌いではない。……いいだろう」
俺はこの時点でいろいろ後悔していた。
ライゴスがあまりにノリノリだったから嫌な予感はしていたけれど……。
「貴様の命を、貰い受けるのである」
ほんと、なんでこの台本にOK出しちゃったんだろう……。
「ま、待ってくれ!!」
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