ようこそ『ノーバディへ』


 退屈な書き物を終えて、ベルから寮の鍵を受け取り荷物を下ろしたフリーは観光より先に本部の探索を始めていた。

 これはいち早く職場のことを知ろうという精力的な発想から生まれた行動では決してなく、『城の地下にある本部』という秘密基地めいた響きが生む好奇心からだった。


「七人しか使わない施設の割には結構広いな~~。――おっと、また口が……」

 また、フリーは間抜け顔で口を開けている。

 学生時代、親友に何度も指摘されたのに、結局、直らないまま就職してしまった。


「今頃どうしてるかな……」


 親友の名を呟こうとして開いた口を、第三機関に入る際にボスに言われたことを思い出して噤んだ。

 それまでの自分を捨てねばならない、と。自分の積み上げてきたものを崩し、繋いできたものを切り離さなくてはならないと。

 覚悟はしていたつもりだった。

 けど、簡単に斬り捨てれるほど、薄情な絆ではなかった。フリーが三年間で築いてしまった友情は。


「会いたい、なんて言ったら。それこそ、アナタは怒るよね……よし! 気持ち切り替えてこー、今は探索、探索!」


 とは言ったものの、気合入れて探索した地下の秘密基地は彼女が期待していたより普通のオフィスだった。

 メカメカした作りの機械がびっしり詰まった部屋も無ければ、ロボとか機動兵器が格納されているハッチも無い。


「『機関』なんてかっこいい名前なんだからめっちゃ背の高い椅子が円状にならんでる集会室とか、仰々しいなんかよくわかんないオブジェがある中央階段とかあってもいいと思うんだけどな~~」


 無駄に高すぎる理想のせいで普通の新しい職場に少し幻滅してしまったフリーは探索を切り上げ、気持ちをまたまた気持ちを切り替えて、当初の目的通り街を観光がてら散策に乗り出すことにした。


「480……481……48……2……」


 フリーは踵を返し出入り口まで足を運ぶと、どこかの部屋からか漏れ出てくる声があった。


(そーいえば、この辺はまだ見てなかったかも)


 ベルと別れてからしばらく歩き回っているのに誰とも出会っていないのもあり、ようやく、他の構成員と顔を合わせることが出来るのでは、という期待も含めフリーは外に向けていたつま先を転換し声の漏れ出ている部屋に向けるのだった。


「ここだよね……お邪魔しまーす」


 声が聞こえてくる部屋は表に『トレーニングルーム』とカタカナ書かれたプレートで掲げられていた。

 そんなことを気にすることなくフリーは三回ノックをして興味津々で中を覗き込む。

 そこは地下とは思えないほど開放感に溢れていた。

 入り口からぱっと眺めただけでも結構広い、そして、そんな空間にあるのは、色んな形のトレーニング機器。

 この発見はフリーにとって本部に対する印象を大幅に回復させた。

 わざわざトレーニングジムに通わなくても自由に使えるトレーニング機器の類がここにはあるのだ。これは頭脳よりも肉体を重要視しているフリーにとって、衣食住に匹敵する人生における最大項目である筋肉を気兼ねなく思う存分満たせる最大の要素だった。


「わっほぉぉぉぉぉぉお! すっごい、すっごいよ! 全部、大手の最新機種じゃん! コレは安全面で日本に輸入されなかった最大負荷1tに挑戦したチェストプレス! ってこれは……!? まだ、告知だけで販売されてない最新鋭デザインの次世代型ベンチプレス!? どうしてこんなとこに!?」


 興奮のあまり奇声を上げながら、瞳に移る全ての機器に頬ずりせんばかりの勢いで擦り寄っていく。

 それは傍から見ればさぞ奇々怪々な様子だろう。少なくともその光景を見ていた人影はそう感じ取っていた。


「お、おい。大丈夫か……お前……」


 声を掛けられ、フリーはこの部屋から声が聞こえたから中に入ったことを思い出した。

 振り返った先にまったく初対面の顔を確認したことで、ようやくフリーは正気に戻った。


「し、失礼しました! トレーニングのお邪魔をいたしました!」

「いや、別に構わんが……お前が例の新人か……ボスが見つけてきたっていうから、どんな変なのが来るかと思ってたら……」


 トレーニングウェア姿の大柄の男性は謝るフリーを物珍しそうに眺める。

 男性は身長もさることながらまさに筋肉の鎧を身に纏っていると言って差し支えない、ガッチリした体格だった。


「変は変だが、予想を遥か上回るって、ほどじゃないな。だが、ウチに入るだけの素養は確かにある。悪くない」


 男性も肉体を鍛え抜いているからこそ、フリーが作り上げてきたその筋肉が衣服の上からでも見せ掛けだけでない確かなモノだと見抜いていた。


「ところで!」


 頭を下げていたフリーがぐわん、と上体を起こし、男性に顔を近付ける。


「ここにある機材はどのように入手されたんですか? どれも一級品どころか、各種の最前線の一歩先をいく代物ばかり……」

「ふふっ……ここのトレーニングマシンの価値がわかるか。新入り」

「ええ、それはもう、日本じゃ手元に置くのはおろか、ジムで使用するのも困難なモノばかりで……」


 それからしばらく、筋肉馬鹿×2は小一時間、トレーニングマシンについて実演を交えながら語り合った。



「最初はただの変な奴だと思ったが、中々話が出来るじゃねぇか」

「いえいえ、先輩もさすが、立派な筋肉をお持ちなだけはありますよ!」


 類は、というか筋肉は友を呼び、二人は自己紹介も終えていないというのにすっかり意気投合していた。


「あ、そうだ、申し遅れました! 今日、到着し、明日正式に第三機関配属になります。『F』のフリー=グラスです」

「おう、そうか! そういえば俺も自己紹介がまだだったな! 俺は第三機関、本部防衛担当『D』、デイ・アフターデイだ。同じ後半組として、これからよろしくな!」


 体格が二回りほど違う二人だが固い握手を交わし、この短期間に心を通わせていた。


「ん? 後半組?」

「なんだ、知らんのか。まあ、そうか、俺が今考えたからな!」

「なるほど! それなら知ってるわけありませんね!」

「お前が来てウチはボスを除いた構成員が六人になったわけだ。つまり、三人と三人で丁度区切りがついたわけだ。さらに、バディってのは前半組と後半組、で組まれる。ようは後輩組の別名っていったとこだな」


 なら、別に後輩組でいいのでは? という疑問はテンションが無駄にハイになっているフリーが思いつくはずもなかった。


「なるほど! ということは、デイ先輩は。後半組筆頭っていうことですね!」

「おうとも! なんてったって、俺は第三機関の№2、『A』の兄貴の右腕だからな!」


 傍から見ている人間がいるなら、何が『だから』なのか意味が分からないだろうが、その場の勢いと元から頭が足りていないフリーは「なんかよくわかんないけど、すげぇ!」となっていた。


「せっかくだ! 歓迎会も兼ねてみんな誘って今晩飲みに行くぞ! みんなつっても今日本部にいんの俺とベルの姐御だけだけどな!」

「あら、アナタにしてはいい提案ね」

「あ、ベルさん」


 いつの間にか入り口の扉のところにベルが佇んでいた。


「アナタ達、仲良くなっていくれるのは別に悪いことじゃないけど、騒がしいわよ。事務所まで聞こえてたけど」

「す、すいません。姐御、久しぶりの後輩で少しテンションが上がってしまいまして」


 体格的には圧倒的にデイの方が巨大なのだが、ベルの前に立つデイはどこか小さく見えた。


「まあ、上までは響いていなかったから。今回は多めに見てあげるわ」


 ここしばらくの間、本部にはベルとデイ、そしてボスのみだった。一番下っ端だったデイにようやく気兼ねなく接することができる後輩がやってきたのだ、ようやく肩身の狭い思いから脱せたということくらいベルも分かっているからの寛大な処置だろう。


「それより、言いだしっぺなんだからデイ、ちゃんとおいしいお店を確保しておきなさい。出来れば飲み放題がある店」

「ハイ! 了解です! とびっきりの俺の一押しの店をご用意します」


 ベルに少し遠慮がちに見えるが仲良さげに話す二人を見て、フリーは少しこの職場の雰囲気が分かった気がした。


(ここなら、上手くやっていけそう!)


 ベルとデイ、二人の新しい仲間を瞳に写し、フリーはそう感じていた。

 だが、それが組織のほんの一面でしかないことに彼女が気がつくには、そう時間は掛からなかった……。

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