狭い部屋

狭い部屋

K:おっす~起きてるか~ヽ(´∀`ヽ)? ってまぁ寝てるわけねえかw


 モニターの隅にメッセージ通知が光った。

 それを見て僕は、没頭していたゲームを一時中断し、チャットウインドウを開く。


URARAN:はいはい絶賛夜更かし中ですよ。失敬な挨拶だなぁ。

K:おお返事が早いっw さすが高等遊民は違うわ


 暗い部屋の中、モニターの明かりだけが僕の白い顔を照らしていた。

 垢だらけの粘ついた髪の毛の下から、カエルの卵みたいに濁った不気味な二つの目がモニター上の文字を追う。

 冷房が効きすぎている。身を包む分厚い毛布をかけ直し、キーボードを乱打した。


URARAN:うるせーお前も似たようなもんだろ!

K:はあ? 一緒にすんなし。俺は動かずに効率を求める指揮者なの。安楽椅子探偵なの。わかる?

URARAN:はいはい。で、なんの用でしょうか。暇なの? 戦争ゲームでもする? 格ゲー? それとも隠れんぼ? 鬼ごっこ?

K:なんだそりゃwwwww 違えよそんなんじゃなくてさ


 そしてKは。

 祝福の鐘を鳴らした。


K:今日誕生日だろ? おめでとさん!╰(*´︶`*)╯


 チャットウインドウには、彼の打ち込んだ顔文字と、煌びやなスタンプピクチャが動き踊る。僕はしばらく、凍ったように画面を見つめていた。


URARAN:今日、誕生日だっけ

K:なんでってお前! このチャットサービスに登録したときに生年月日入れただろ? それで自動的に通知されたんだよ! 引き籠もりのお前なんか誰にもお祝いされてねえだろ? 美しい友情と温情だ、感謝しな!


 背もたれに思い切り体重を預け、天を仰いだ。天と言っても見えるのは狭い部屋の天井で、灯りを落とした照明器具が暗い新月のように僕を見下ろしていた。

「誕生日……か……」

 その呟きは虚空に掻き消えていく。

 それが本当なら、僕は今日で幾つになったのだろうか。

 寝て起きてゲームをしてチャットをして用を足してまた寝て食べて寝てゲームをして尻を掻いて用を足して寝る生活は僕から時間という概念を消失させた。

 何を生み出すでも無い、世界から逃げるだけの無意味な日々を時間としてカウントしていいのだろうか。

 ディスプレイ越しの人間に告げられても、一層現実感は薄くなるだけだ。


URARAN:ありがとう


 とりあえず、お礼を言っておいた。この感謝だけは、間違いではないはずだ。


K:おうよ! でさ! ウラランはなんでこんな引きこもりになっちゃったわけ?


 こいつは脈絡もなく、そんなことを聞いてきた。


URARAN:なんで、って

K:いやいやwただただ興味があるんだよ。お互いこうした因果な関係だしさ? 誕生日に己の生き様を振り返る……かーっ、良い機会じゃないか? そう思わないか?

URARAN:デリカシーがないなぁ

K:デリカシーてのは心の壁だぜ? 取っ払っていこうじゃないか! なぁなぁ、なんでなんで?


 土足で心に踏みいる、どころの騒ぎじゃない。

 これじゃまるで押し入り強盗だ。

 僕がどうして今の失敗した人生を送るハメになったのかだなんて、話しても聞いてても楽しいものじゃないはずなのに。

 このまま無視して寝てやろうかと悩んだ、その一瞬だった。


K:生まれてずっと一人ぼっちだったわけじゃないだろ? 親とか友人とかさ、どういう環境で育ってきたんだよ。


 その質問が、呼び水だったのだろうか。

 僕の感情が突如泡立ち、化学反応を起こした。

 それまでの人生が、圧縮ファイルを解凍するかのように溢れ始める。親。友人。親友。それらの鍵は僕の凍えた心を無理矢理こじ開けた。


URARAN:色々あったんだよ

K:おっ! いいねいいね~。ほらほら、語ってみろよ。今日という一日は始まったばかりだぜ~。

URARAN:親は、厳しい人だった


 ――僕は中流階級の家庭に産まれた。兄弟はなく、ただ一人の息子として愛された。

 ただ、その愛は少々歪んでいた。

 父は真面目な会社員だったが、幾つかの独特な思想を持っていた。希望と平和を護るなんて崇高な使命を勝手に背負い、僕にまでその荷物を託そうとした。

 覚えているのは、母の手に連れられピアノの教室へ通っている情景だ。そこから、そろばん、英会話、青空野球、書道と日を重ねるにつれ習いごとの数が大きくなっていった。

 子供心にも、両親の期待を強く感じていた。しかしそれはいつしか呪いに変わる。

 成果を求められても、まず考えてしまうのは、これがクリアできなければどのように叱責されるのだろうということだった。

 全てはマイナスの方向へと作用する。

 何を習っても頭に入ってこず、どれだけ努力しても実にならず。呪いは日に日に強くなり、酷いときには教科書を見ただけで泣き叫んでしまうほどだった。

 矯正させようと父が奮闘しても、治るどころか悪化するばかりで、母は助けてくれることもなく目を伏せていた。

 幼稚園でそんな感じだった。早めに躓いてしまったのだ。

 だから小学校に入ってもそんな感じだった。

 教室の隅でいつももじもじしていて、笑うことが無い。

 級友の間で流行している文化などなにもわからず、頭にあるのは次のそろばんのテストのことだった。

 そういう陰気な奴は必然的に排除される。

 乱暴な男子が僕をイジり、クラスメイトが笑う。僕はもじもじし、それをまた誰かがイジり、また皆が笑う。だんだんとそれは過激さを増していき、誰しもが認めるような典型的なイジめになっていった――


K:まーよくある話だなぁ。過度な期待に潰される子供ってか。そしてお決まりのイジめられっ子パターン。ウラランもまぁ、テンプレな人生歩んでるんだなぁ。

URARAN:そんな僕に、友達ができたんだ。


 おっ、なんてKが反応する。


 そう。

 友達なんて向こう側の世界の話で、そんな素晴らしいものが、僕にできるはずないんだと諦めていた。

 だけど、出会いは突然で、そして呆気ないほど簡単に、僕らは友達になった。

 何度思い出しても、あの出来事は笑ってしまう。

 あの二人は――僕のつまらない人生を変えてくれた。

 ひんやりと冷えた部屋の中、小さいモニターに向かって、閉じ込めていた記憶を打ち込んだ。


 それは小学二年生になった頃だと思う。

 クラスが変わってもイジメは相も変わらず続き、「そんな弱い子に育てた覚えは無い」なんて怒られてしまいそうで、父と母に相談することもできなかった。

 そんな八方塞がりの世界の中で、舞い降りてくれたのが、優香と賢治だった。


 昼休みに、いつもの過激な男子グループが数人で僕の机までやってきて、鞄や机の中に入っているものを全部ひっくり返して、めちゃくちゃに放り投げ始めた。

 教科書やリコーダーやそろばんセットが辺りに散乱した。母が作ってくれたお弁当の中身が無残に床に溢れているのを見たときが、一番情けなく、涙が出そうだった。

 黙ってそれらを片付ける僕の丸まった背中を見て、男子たちはげらげらと笑った。

 なんで彼らは、こんなにも人が嫌がることをぽんぽんと思いついて実行できるのだろう、と、今の自分の状況を客観視することでしかこの惨めな感情をぼかす術がない。

 そんないつもの辛い日常に、突然。


 だ、だ、だ、だ。


 なんて。

 子馬が駆けるような、軽快な足音が聞こえたと思うと。

「あんたらぁぁあああ!」

 そんな怒声が雷みたいに轟いて、同時に鈍い衝撃音も重く響き渡った。

 信じられない光景だった。

 一人の女の子が、桃色のスカートをはためかせながら宙を舞い、主犯格の男子の背中に膝蹴りをお見舞いしたのだ。

 もんどり打ちながら転げ回るいじめっ子と、下着が見えるのもをおかまい無しに、滅茶苦茶な受け身を取って俊敏に起き上がる女の子。

 彼女は、腰に手を当て、びしりと言い放った。


「うちの友達、馬鹿にしたら許さんで!」


 本当に突然だった。今まで話したこともない女の子が、僕のことを友達と言って庇ってくれたのだ。

 あの時は、嬉しさを通り越して、戸惑いと若干の恐れしかなかったっけなぁ。

 彼女以外は、事態を飲み込めずきょとんとしてたが、男子たちはだんだんと顔色を怒りに染めていった。

 女子に退けられては沽券に関わる。

 いじめっ子の集団は、啖呵を切る優香に噛みつかん勢いで近づいた。

 その前に立って、彼らをキっと睨み付けたのが、賢治だった。

 彼は、決して大きい体格ではなく、むしろ小柄とも呼べる部類だったが、同世代とは思えない、なんとも言えない凄みが漂っていた。

 そして、彼の手には、小さな鋏が握られていて、ぎらりと教室の灯りを照り返していた。

 彼女を傷付けたらどうなるか分かっているのか。

 そんな言葉無き問いかけが聞こえるみたいだった。

 なにか逆襲してやろうと息巻いていた男子たちも、そんな彼の並々ならない空気に負け、すごすごと退散していく。

 そして、僕の目の前には太陽のような笑顔を咲かせる女の子がいたのだった。


「よろしく!」


 それは、産まれて初めてできた、友達の笑顔だった。


K:すげえなその子!ヒーローじゃんか! 弱い者を助けてこその強者! かっこいい!


 素直な賞賛に、僕は思わず吹き出してしまった。

 なんとも子供っぽい表現だったが――あの二人へ手向けるには、これ以上無い称号だとも思えた。


URARAN:うん。あの子は、本当に、ヒーローだった。


 そうだ。その言葉に、嘘はない。

 あの二人は、本物の、ヒーロー、だったのだ。


 それから、僕らの腐れ縁は続いた。

 優香は、母子家庭で育った子だった。芯が強く、どんなことに対してもも自分の意見を持っていた。信じる正義があり、そのためならば恐れるものはなかった、

 賢治はそんな彼女を制御する、冷静な男だった。彼女が暴走しすぎないように傍に立ち、だけど答えが同じ方向に重なった時は、躊躇なく力を貸す。そんな奴だった。

 僕は二人を眩く見ていた。

 彼らはあまりにも完成された二人で、入り込む隙なんてなかった。

 きっとこの奇縁はなにかの間違いで、僕なんかはすぐさま邪魔者になるだろう。後で悲しい思いをするくらいなら、自ら縁を断てばいいんだ。……なんて暗い考えを抱き、あえて僕の方から距離を取ったりもした。

 だけど、そうやって立ち止まる度に、優香は僕の手を捕まえて、引っ張ってくれた。

 そんなことを繰り返していると、あっという間に時間が経ち、色んな思い出がたくさんできて、僕らは三人でいることが当たり前になっていった。


URARAN:僕は二人の背中を追うだけでよかったんだ。中学受験も彼らと同じところを選んだし、部活も入らなくて、登下校は優香と賢治と一緒にしていた。

K:小学校から? 中学校も? 友達はずっとその二人だけ?

URARAN:うん

K:かーっ、すげえなー。親友っていうか、絆っていうか、もはや呪いのレベルだ


 全く、言葉を選ばない奴だな、と苦笑した。

 でも、周りから見てみれば、僕らは気味が悪いくらいずっと一緒にいた。

 二人を友達と呼べるようになってから、自然とイジメも姿を消して、閉じた世界が完成したんだっけな。

 嗚呼、そうだった。あの世界こそが、自らの人生で最も、満たされていた時だったのだ。


URARAN:これからずっと三人でいられるって、僕も思って、いたんだけどね


 それが理想だった。口には出さなくても、皆そう思っているはずだと信じていた。

 でも、別れは静かに近付いていて、閉じられた世界に、細い罅が広がっていたのを、僕は気付くことができなかったのだ。


「士官学校に行く?」

 賢治が己の進路を明らかにしたのは唐突だった。

 彼は、僕らの前で、頷いた。

 士官学校といえば、あれしかない。日本聖軍が管轄している、未来の将校となるべき少年少女が集まる学校だ。

 それは、中学二年生の冬だった。なんとなく、僕らはこのまま近くの高校に行って、近くの大学に通って、適当な学部を卒業して、そうやってだんだん歩くような速度で離れていくのだと思っていた。

 賢治は全速力で、明後日の方向へと駆け出そうとしていた。だけど抜け駆けすることはなく、きちんと事前に号砲は鳴らしてくれたのだけど。

「俺は誰かの力になりたい。そのイメージに最も近いのが、日本聖軍だったんだ」

 その言葉がどれほど力強くても、僕らには裏切りの旋律にしか聞こえなかった。

 優香が珍しく取り乱した。

 あと数年で徴兵されるのに。それまで待てば良いのに。あたし達ともっと遊べるのに。

 もっともでもあり、感情的でもある、なんとも複雑な反論だった。

 僕はぼうっとすることしかできなくて、案山子のように突っ立っていた。

 賢治は首を振りながら、滔々と正論を述べていた。

 徴兵といってもゆるやかな徴兵で、すぐ一般の生活へ放り出される。それに、戦場に身を置くと決めているのなら、最短距離を行くべきだ。日本が世界を相手に大喧嘩している激動の時代で、いつまでも受け身なのはどうなのか。など。

 言い争いは、何時間続いたのか、それとも数十分で終わったのか、今となったら定かでは無い。何故だかその時の記憶が酷く薄く、きっとあまりに辛い経験だったから、脳みそが改竄したんだろうな、なんてどうでもいい結論は得れた。

「勝手にして」

 そして優香はそっぽを向いて、賢治の元から離れていった。

 賢治は彼女の背を見ながら、すっぱりと顔を逸らし、逆方向へと去って行った。

 僕はおろおろするばかりで、どちらに進めば良いのか、判断することができなかった。


K:進路ってやつだなぁ。ま、でもそれが普通だろ。別れがあるのが人生だ。今までのお前らが異常だったんだよ(´ヘ`)

URARAN:うん。僕もそう思うよ。僕はずっと間違えていた。


 モニターを眺めながら、飲みかけの炭酸飲料を手に取り、ぐいと飲み干す。

 泡の抜けたジュースは、粘っこくて甘ったるかった。

 濡れた指を広げ、暗い部屋の中、タイピングを再開する。


URARAN:でもその時はそんなのわからなかったから、僕はそれからも間違うしかなかったんだ。


 優香が選んだ高校は、山の上にある私立高校だった。偏差値は中の上といったところで、一般的なごく普通の学校だ。

 ただ一つ他と違うのが、この高校はとっても平和を愛していた。

 教師達は愛に溢れ、いつも戦争に反対していた。

 特異な思想なのか、それが当然なのか、その時代によって捉われ方は違うだろうけど、少なくとも当時、彼らはいい顔をされていなかったと思う。

 優香はそこに行くと言った。

 それは、賢治への当てつけなのか、彼女なりの回答なのか。真逆とも言える二人の進路は、その隔たりの分だけ亀裂を生んだ。

 僕らは自然と集まらなくなり、一人で過ごす時間が増えた。

 受験勉強という大きな課題がなければ、僕はずっと寂しさに苛まれていただろう。

 その時、目の前には二つの道があった。

 賢治と共に士官学校に行くか。

 優香と共にお山の学校に行くか。

 僕には、どうしても軍に入るなんて決断はできなかった。

 違う! 僕は……チャンスだなんて考えていたんだ。

 優香と二人きりになれるなんて、そんな下衆の駄目な愚昧で卑劣な下心を抱いていた。

 道なんて無限に広がっていたのに、僕の世界はその二つしか無かったんだ。

 両親は喜んだ。平和を愛する心は貴いと、そう褒めてくれた。思えば彼らが僕を褒めてくれたのはあれが初めてではないだろうか。

 僕は勉強した。たまに優香と二人で勉強することもあったが、彼女はずっと険しい顔をしていたように思う。

 賢治とはほとんど話さなくなってしまった。学校で見かける彼の傍には、同じ士官学校志望のクラスメイトだとか言う男の子が引っ付いていて、僕らの知らない新しい友達ができているという事実がまたなんとも言えず腹立たしかった。


 時は過ぎ、僕らは第一志望校に合格した。


 賢治は遠くの士官学校へ赴き、僕と優香は同じ通学路を歩いた。


K:おうおう! 悪い奴だな~! 体よく愛しのあの子をゲットってか? いいじゃねえか、それも青春だ!

URARAN:そうだね。略奪するなら、その時、だったんだろうね。


 本当に僕は、愚かだった。


URARAN:そんなこと、誰も教えてくれなかったんだ


人型機動骸殻アークスゥ? 日本独自の最新技術? 大層なお名前だが、所詮は人殺しの殺戮兵器だ! 過去の卑劣な武器と何一つ変わらんよ! 大量生産される悲しみと嘆き! その悪逆に礫を投げられるのは我々若き善性の叫び声だけだ!」


 高校に入って、僕らは平和サークルなる部活に参加した。

 世界情勢を鑑みながら、許されない悪を糾弾する。メガネの部長は意気揚々と正義を語り、部員達は万雷の拍手でもって彼の勇気を讃えた。

 平和なんて、なんの興味もなかった。

 僕なんかがどうこうしたって世界は変わらないし、それはこの勇敢なる部長さんだって同じように無力なはずだった。

 だけど彼らは盲目になったかのように理想を語り、それを信じた。

 うんざりするのはわかっていたのに、僕は優香に手を引かれ、この集団に参加することとなったのだ。

 彼女は、いつも目をきらきらさせて彼を見ていた。僕はとても面白くなく、いつも不真面目に話を聞いていた。

 登下校の世間話に、大局的な政治論が挟まってくるようになった。

 どうやら優香には、平和サークルのお勉強がとっても気に入ったみたいだった。

 嬉々として語る彼女の理想論はあまりに眩く、頭の悪い僕にはまるで理解ができなかったので、毎日優香を失望させてしまった。


「な、知ってる? 日本聖軍特殊技術開発群て言われる研究チームが、今最悪の兵器作ってるんやって。人型機動骸殻アークスなんて目やない、次世代型ネクストてコードネームがあるらしい」


 そんなことよりも昨日TVでやっていたあの芸能人のスキャンダルについて喋りたい。どうでもいいじゃないか。僕らが気を揉んだって仕方ないじゃ無いか。そんな暗い気持ちになる話より、もっと下らなくてどうでもいい話をしようじゃないか。


「部長の親戚に元軍部のおじさんがいるらしくてな、こっそり教えてくれたんや。あっ! これ、あたしだけに教えてくれた秘密の情報やから! 喋らんといてや!」


 そんなこと聞きたくないよ。僕は君の話が聞きたいんだ。お願いだ。気付いてくれ。なぁ優香。

 そして。

 部長が優香に告白したらしい、なんてことを聞いた。

 

K:なっさけねえ! ずっと一緒にいたのにそのザマかよ!


 耳が痛いな、と思った。

 チャットウインドウの文字列が、僕を責め立てているみたいだった。

 素直な言葉を、入力して送信する。


URARAN:言葉も無いよ。OKしたのか断ったのかは、最後までわからなかったんだけど。

K:は? 最後まで、わからなかった? どゆこと? (´・ω`・)? 

URARAN:ま、簡単だよ


 何故なら、優香は死んだから。


 死んだというか殺された。


 僕が平和サークルに顔を出さなくなってしばらく経ってからだ。

 優香から突然連絡があった。携帯端末のモニターには、優香のアイコンが光っている。


「おーい、お久。ねぇねぇ、今週末時間ある?」


 何? と尋ねた。


「今度、街で大きなデモ行進をするの。平和サークルが核となって、色んな人たちが集まる。政府が、怪しい資金を軍に回そうとしている。次世代型の開発に決まっているんだ。私たちは、声を上げなきゃいけない。一人でも多くの力が欲しい。ねぇ、お願い。どうか、来てくれないかな」


 きっと参加者のノルマみたいなものがあるんだろう。部長にでも急かされたのか。綺麗事ばかり並べて、こういうときだけ僕に頭を下げる。

 浅ましい女だと思った。

「その日は忙しい」と、僕はベッドに寝転がりながら返信した。

 

 デモ行進をしている最中、日本に潜伏していたテロリストが突如蜂起し、彼らを全員撃ち殺した。

 隣の国の工作員、北の大国の特殊部隊なんて噂が飛び交ったが定かで無い。どんな理由でどんな大義でどんな思惑で優香達を殺したのかわからないが、僕は行く先を失った。

 

 不登校になった。

 なにかを食べる度にトイレに吐きに行った。

 閉じこもった部屋はいつも尿臭く、扉の奥からは両親が喧嘩している声が聞こえた。

 どこで選択肢を間違えたのだろうか。

 あの時優香をデモに行かせるべきではなかったのか。それ言えば、そもそも平和サークルなんて行かせるべきではなかったのか。いやもっと言えば賢治と仲直りさせるべきだった、もっと言えば彼を士官学校なんかに、もっと言えば、もっと言えば、もっと、もっと、もっと言えば僕なんか、産まれるべきではなかった――


「久しぶりだな」


 彼は突然、現れた。


「結論から言う。あれは政府の自作自演だ」


 そして突飛も無いことを言った。


「政府と一括りにするのは誤りだが。軍へ資金を回そうとするタカ派の連中が仕組んだマッチポンプだ。外国が平和主義者を皆殺しにするなんて事件をでっち上げて、世論を軍拡へ傾かせるつもりなんだ。慎重になっている議員も、それを受ければ軍事予算を上げざるを得ない。わざわざ特殊部隊まで誘き寄せて、惨劇を演出しやがったんだ」

 

 全く頭に入ってこなかった。長らく日の光を浴びていない僕は全身が固まって錆び付いていて、意味を理解する機能が失われていた。

 だけれど、決して許してはいけないという思いだけわかった。


「全ては■■■■のためだ」


 そうか。彼は、もしかしたら。失われた優香の代わりに、僕に道を照らしてくれたのかもしれない。


「世界に、復讐しないか」

 

 僕は、うんと、返事をした。


K:……へぇ

URARAN:そして僕は軍に入った。きつかったよ。運動不足の僕は、毎日が地獄だった。だけど諦めるわけにはいかなかったから。必死に勉強して、誰よりも特訓して、長い時間をかけて、誰よりも優秀な軍人になった。そして、僕は

K:機神部隊に入った

URARAN:人型機動骸殻アークスで何人殺しだろうか。入隊日に、両親は泣いて僕を殴ったよ。人殺しを育ててしまったって、悔やんでいた。ねえ、復讐ってさ、辛いよ

K:おい

URARAN:今日が僕の誕生日って、言ったよね

K:は?

URARAN:このチャットさ、未成年は登録できないんだよ。だから、僕たちは適当な生年月日を入力して使ってたんだよね

K:

URARAN:ねえ、賢治

K:

URARAN:僕らはたまたま知り合ったネット仲間っていう体裁で、世間話をしている振りをして、暗号を送り合い、軍の情報を交換して、計画を詰めていった

K:

URARAN:君の謀略で、一体何人のライバルが道を踏み外しただろうか。お陰様で僕は選抜されることになったけど、彼らには今でも申し訳なく思ってるよ

K:

URARAN:ごめんね、わかってるよ。君は賢治じゃない。

K:

URARAN:ぎりぎりまで気付かなかったんだね。間際になって、ようやく君たちは全てを察した。賢治の偽装工作は、順調に君ら特殊作戦群も欺いていたのにね。流石だよ

K:

URARAN:これを打っているのは賢治ではない。てことはさ、彼はもう始末されたんだよね。

K: 

URARAN:とりあえず時間稼ぎが目的だったんだろう? もう十分かい?

K:黙れ

URARAN:居場所なんてとっくに解析済みだんだろうなぁ。隠れんぼは僕の負けだよ。次は鬼ごっこかい?

K:貴様

URARAN:なんだい?

K:次世代殲滅型骸殻アニヒレイター設計図ディスクを渡せ


 轟音が響いた。爆裂する音と怒濤の衝撃が座席ごと僕を揺らす。

 纏わせていた岩石が崩れる。

 暗転させていた壁面モニターが自動で起動し、外の風景を一面に映しだした。

 廃墟の街の向こうからは、総勢六騎の人型機動骸殻アークスが武器を構え、進軍している。

 馬鹿でかい人型兵器が、巨大な銃火器を携えている。

 やれやれ。

 次世代型の設計図を盗んで、外国に売り渡すなんて計画に乗った時点で、僕の運命は決まっていたのだろう。

 ……いやでも。

 僕は、長い間、死んでいた。死んだように生きていた。

 彼女に手を引かれ、彼に導かれることで、僕は二度甦ったのだ。

 少なくとも、あの時の賢治のは、僕にとって救いだった。


「僕の人生を聞き出したのは、本当にただの時間稼ぎかい? それとも、賢治の人生を知りたかったのかい? ――あの時から君は、賢治に引っ付いていたからなぁ」


 ここで隠れていれば外国の潜水艦が助けにきてくれるはずだったんだけど。まぁそんなの待ってる暇なんて無い。

 敵機が、銃口をこちらに向けた。

 嗚呼。ここへ来てまでも、殺し合うのか。

「起動しろ人型機動骸殻アークス

 スモールモニターが格納され、同時に部屋コクピット内の照明が一気に付いた。

 コンソールが僕の手元に展開され、各種計器の数字が壁面モニターに表示される。

 ぐぐぐぐ、と天に上る感覚があった。

 今僕が乗っている人型機動骸殻アークスが立ち上がっている。獲物を求め、傷だらけのロボットは死ぬまで戦う。

 何故僕は戦っているのだろうか。

 僕に道を示してくれた二人は、もうこの世にいないというのに。

 それを知るには、きっと。

 僕は、生き続けなければいけないんだろうなぁ。


「戦闘開始」


 これを人生最後の闘争にしようと。

 かつて親友だった二人へ、誓った。   


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