6
家に帰ると、意外にもまだ5時だった。
親はまだ帰ってきてない。
とりあえず、お風呂に入ってしまうことにした。親が帰ってくるのはいつも7時頃なのでまだ時間の猶予がある。
普段から週末に部活がある日は、このくらいの時間にお風呂に入っている為、不審がられることはないだろう。
私は少し前までテニス部だった。中学までは文化部に所属していたのだが、高校からは少し運動を始めようと思ったのがきっかけで入部した。
しかし内情は酷いものだった。初心者は私ともう一人。その子も6月くらいには顔を見せなくなった。
色々と問題があったのだ。
でももう終わったことだ。考えないことにする。
いつも通りお風呂に入る。左手に気を遣う必要があったが、案外右手だけでも不便ではないことが分かった。
お風呂から上がり、きちんと彼に言われた通りの処置をした。
きっちりと包帯を巻き、長い袖のパジャマを着る。今は冬だから腕を隠せるが、夏になったらどうしようかと考える。去年の夏はこんなに傷跡が多くなかった。
自分の部屋に入ると自分の匂いがした。安心するようで、もう一生嗅ぎたくないと思っていた匂い。
彼からもらった薬の袋を机に置く。
ふと机の上を見て、宿題があったことを思い出した。もともと宿題などやる前に、いなくなってしまうつもりだった。
そう思うと、急に現実に引き戻された気がした。確かに死ぬのはやめた。でも、月曜日からはまたうんざりするような日々が始まるのだ。
とりあえず明日も彼のところへ行く。もしかしたら、何か変わるかもしれない。
椅子に座り、チューブ状のゼリーを手に取る。フルーツ味とプレーン、そしてチョコレート味が入っていた。
とりあえずプレーンを食べてみることにした。美味しいとは言えないが、確かに栄養がありそうな味であった。
そして薬を飲む。恐らく痛み止めだろう。
親が帰ってくる音がした。車のエンジンの音、そして鍵を回す音。
少し乱暴にドアが開く。あの音はいつまで経っても慣れない。
ご飯を食べない言い訳をどうすればいいかと考えながら、ベットに寝転がる。
そして結局今日は、「先輩にファミレス連れて行かれて、色々食べさせられちゃった。」ということにしたのであった。
疲れた。
よく考えれば、色々なことをされたのだ。手を縫われたり、点滴をされたり。
早く寝てしまおう。そう思った。
早く寝て、明日になって、彼に会えば。きっと何かが変わる。
でも同時に、彼の事を信頼している自分自身が怖くもなった。
私は見ず知らずの男性になぜ心を許したのだろうか。
こういったことがこれまでも何回かあったのだ。優しさで釣られて、それに縋るとすぐどこかに行ってしまって。
どうせ、今回もそうなのだろう。生き場のない高校生に優しさを振りかざして、結局は騙そうとしているのだ。
でも、不思議なことに、彼になら騙されてもいいと思う自分もいた。あんなに優しくて、深い愛情を持っていそうな人に騙されたなら、きっと私の人生はそんなものなのだ。
いろんな自分が出てきて疲れてしまった。
私は私がわからないのだ。どの意見が私なのだろうか。私が私として存在しているのかどうか、よく分からない。
頭の中が色々な考えでぐるぐるとする。
この思考をきっぱりと切りたい。そして楽になりたい。
だめだ。やっぱり私はいなくなりたいんだ。
そう思った所で私は寝ていたらしい。
朝6時。寝汗をびっしょりとかいて飛び起きた。
彼の家に行くのにはまだ早い時間だ。けれど、どうしても気持ちが抑えられなかった。
服に着替えて家の鍵を開ける。
外は今日も冷たい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます