5
眠っている間、不思議な夢を見た。
まだ私が幼い頃の記憶。
誰かが、私の腰のあたりを優しく、とんとんとしている。
誰なのかは分からない。顔を見ようとしても、上手く見られない。
誰?
話しかけても、答えてくれない。
意味もなく、優しくしてくれる人は危ない。優しくして欲しいなら、代償を払わなくてはいけない。
私が大きくなってから学んだ事だ。
だから。だから、今、こんなに優しくされているのはおかしい。
おかしい。優しくしないで。だって優しくしてくれるのには、理由があるのでしょう?
あなただって私を使って。利用して。そのうちどこかに消えてしまうのでしょう?
はっ、と目覚める。
目の前には、彼。ルイがいた。
気がつくと顔は濡れていて、右手はぎゅっとブランケットを握りしめていた。
「どうした?変な夢みちゃったかな。」
彼は私の指をゆっくりとブラケットから外した。そういえば、右手には点滴をされていたのだ。
「もう点滴終わったから、抜くね。ちょっと痛むかもしれない。」
ほんの少し、痛かった。
でも、そんな痛みより、彼の真意が気になった。
「あの、どうして、どうして私に優しくするんですか?あなたにとって、私はどうでもいい人。どこにでもいるただの女子高生。違いますか?」
まくしたてるように、いや、特に意識はしていなかったのだが、次々と言葉が出てきてしまった。
「特に理由はないよ。ただ、君が困っているようにみえたから。それだけ。」
嘘だ。そんなの信じるものか。
「でも、でもだって…」
「あなただって、私を裏切るのでしょう?」そう言おうとしてその言葉を飲み込んだ。
ここまでこんなに優しくしてくれた人に言う台詞ではないと感じたからだ。
しかし彼は、
「でも、の先は?」
泣く事しか出来ない私の手を握って問いかけてくる。
そして、
「大丈夫だよ。騙されたと思って頼ってごらん。僕のこと。」
なぜ、彼にはこんなにも素直になってしまうのだろう。
素の自分を見せるのは危ないこと。しちゃいけないこと。
そうやってこれまでの人生で学んできたのに。
「昨日から思ってるんだけどさ、君って泣くの上手じゃないよね。だって泣くたびに苦しそうにするし、話せなくなるもん。」
そう言いつつ彼は、温かいタオルを持ってきてくれた。
「はい、これで顔拭いて。そんな顔じゃ家に帰れないでしょ。」
そう言われて気が付いたが、外はすでに夕方だった。大きな窓から差し込む光はオレンジ色で、真っ白な部屋の輪郭をぼかしている。
「明日も来られる?」
明日は本来であれば部活がある日だ。でも実は、親には秘密で先週、退部届を出している。
部活があるといって家を出れば良いだろう。
「傷の様子をみたいし、何より君は家に帰ってもご飯食べないんじゃないかと思うから。あっ、今日の夜は縫った傷口をなるべく濡らさないようにお風呂入ってね。」
「はい。」と返事をする。彼の話から察するに、おそらく私は明日も点滴をされるようだ。
「あとは、そう。楽譜を持参すること。ピアノの楽譜なら何でもいいよ。」
そういえばそもそもこの部屋へは、ピアノを弾いて、という要望で案内されたのだ。
「分かりました。今日はありがとうございました。あの、お金とかってどうすればいいですか?」
「お金?なんのこと?」
「いや、診療代とか…こんなに色々として頂いたので。」
「そんなの、取るはずないよ。僕が好きでやってることだからね。」
なんだか申し訳ない気もしたが、学生からするととてもありがたい事だ。
「申し訳ないです。ありがとうございます。」
「いいんだよ。こちらこそありがとう。向こうの部屋に戻ろうか。」
ふかふかとしたベットから降りる。
左手は何となく引っ張られる感じがする上に、少し痛い。
いつものソファーに座っていると、白い袋を持って彼がやってきた。
「これ、お薬。飲み薬と塗り薬。飲み薬は一応明日のお昼の分まで出しておくね。で、食事が食べられない場合は、このゼリーを食べてからお薬飲むこと。」
一見普通のゼリーに見えるそれは、よく見るとパッケージに特定保健用食品、と書かれていた。
「塗り薬はお風呂の後に綿棒で塗ってね。その後に包帯巻いて。」
一通りの説明が終わると彼は、私の目を見て言った。
「頑張ろうね。」
「はい。」と一言返した。
玄関まで歩くと、そこでコートとマフラーを渡された。そういえば入ってくる時に脱いだのだ。
「じゃあまた明日。道中お気をつけて。」
「はい。また明日。ありがとうございました。」
自然と笑顔になれた。
彼についていけば、何かが変わる気がした。
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