ある魔法使いの苦悩82 名指導者

「もうだいぶ時間が経ってしまったので、そろそろ終わりにしますか?」


 アメリア君が額の汗を拭いながら私に聞いてきた。


 私に対する指導のあとは、アメリア君は再びシンクに対しての指導に移っていた。シンクの魔力に関しては現時点では魔法を発現できるほどには充実しなかった。結局、アメリア君が熱弁を振るうことになった。シンクは途中から頭から湯気を出していたような気がしたが、私の目の錯覚かもしれない。


 あまりにも熱心に魔法理論について語ったため、アメリア君の声は少し掠れていた。心拍数が上がっているのか、紅潮した顔や首元がちょっとセクシーだったりする。


「私も魔法を使ってみたかったな……」


 わりとションボリとした感じでシンクがポツリと零した。


 そう言われるとサラは想像以上のハイペースで魔法を繰り出せるようになったし、私も初級魔法とはいえ三種類をある程度の形にできた。シンクだけが魔力を引き上げる基礎の手前の瞑想で終わってしまっている。ある意味いつもやっていることと大差ない。


 アメリア君のおかげで魔法の知識はある程度つけてもらえたと思うが、いきなりでは全部を理解するのは無理だろう。そもそもエルフは自然に魔法を使えるようになるのが普通なので、イレギュラーなシンクはわざわざ人間の魔法理論を学ばないと魔法を使うことができない。やらなくていいはずの勉強をする羽目になり、頭がぎゅうぎゅうになっていても仕方がない。


 シンクは粘り強く学んでいたので学習意欲は充分ある。あとは魔力が少しずつでも引き上げられて、最低限の量まで達すればひとつくらいは魔法を使うこともできるようになるはずだ。


「シンクも魔力がゼロってわけじゃなかったんだから、ある程度時間をかけて頑張ろう」


「それはもちろんわかっているつもりだ。あいにくエルフである私はファーレンたちよりも使える時間が多い。百年もすれば追い越すことも可能だろう」


「百年って……そのときは私たちはもう死んでいるよ」


「そうなのか? ……あ、いや、確かに人は百も生きることはないのか。すまない。周りにエルフしかいなかったものでな。技を身につけるのに相応の時間がかかるのは普通だったものだから、つい」


「謝らなくてもいいよ。そのくらい努力をするって意気込みだろ? シンクは凄いよ。私だったら途中で挫けている気しかしないからね」


 私が褒めたからか、シンクはほんのちょっとだけ頬を染めてぷいと顔を逸らした。


「……私は別に凄くはない。魔法を使ってみたいというのも私のわがままみたいなものだ。アメリアに時間を使ってもらって身にならないというのが申し訳なくてな」


 本当に申し訳なく思っているのだろう。シンクの眉尻が少し下がっている。


「シンクさんはちゃんと頑張ってるよ。ゼロをイチにするのは、イチを百にするのと同じくらい大変なんだから。ほんのちょっとのきっかけで一気に成長するのなんて普通だから、遠慮しないであたしに任せてくれて構わないからね!」


「ありがとう。アメリアの献身には頭が上がらないな。これだって完全な善意しかないだろう?」


「あ、うん……そう言われるとちょっと照れるわね。いいのよ、あたしも好きでやっている部分も大きいし」


「そうか? それなら私も遠慮することなく引き続きの指導をよろしくお願いしたいところだ」


「承ったわ。きっとシンクさんにも魔法を使うことができるようにしてみせるから。大船に乗ったつもりで安心してついてきてね」


 アメリア君が自分の胸をバンと叩いた。チラッと私とサラをそれぞれ見る。ん?


「ファーレンさんも安心しないでくださいね。あたしの指導はまだまだ始まったばかりですからね。サラちゃんも全魔法マスターするまで頑張ろうね」


「……何度も言ってるけど、お手柔らかに頼むよ」


「わたしは全部の魔法を使えるようにしたい。そうすればファーレンも、みんなも守ることができるから」


「サラ……立派だよ。本当に立派だけど…………私が小さく見えるようなことをあまり堂々と言わないで欲しいかも」


「……?」


 私は目頭が熱くなった。サラは向上心がとても強い。その根底に必ずあるのが私を守りたいという気持ちだ。


 本来は逆だ。


 サラは大きな使命を背負っている。その天命を成就する支援をするのが私の役割だ。サラが私を守るんじゃない。私がサラを護るのだ。


 サラが自分自身ですべての困難を振り払うほどの力を身に付けるのももちろん効果的だ。だが、必ずしもサラが万全に戦える状況であるとは限らない。ましてや動けない状況にでもなった場合はその身をいったい誰が守れると言うのか。


 私は強くあらねばならない。心も……身体も。


「ごめんよ、サラ」


「なんでファーレンが謝るの?」


「私なりのけじめさ」


 私はアメリア君に向き直り、その目をじっと見つめる。あまりにも真正面から長く見つめてしまったからか、アメリア君の頬が赤く染まり目が泳ぎだす。


「アメリア君……私も全属性の魔法を使えるようになるよ。もちろん、まずは初級からだけどね」


「あ、はい!」


 アメリア君は目の置きどころに迷っているのか、視線があちこちを落ち着きなくさまよっている。


 視界の端でシンクがニヤリと笑ったような気がした。私が顔を向けるとバッチリと目が合う。


「これは私も宣言する流れだな。もちろん、私も魔法を使えるようになるぞ。たとえ、何日、何ヶ月、何年かかろうともな!」


 珍しくテンションが上がっちゃったのか、シンクは拳を握り締めてそれを高く突き上げた。


「アメリア君……こんな三人だけど、どうやらやる気だけは充分だ。でも、気合を削ぐようだけど今日はみんな疲れているからもう終わりにしよう。アメリア君もこれ以上やったらキレイな声が台無しになっちゃうからね」


 掠れ声になるくらい指導に熱を入れてくれたアメリア君には本当に感謝しかない。


 天才タイプから教わればサラの魔法の上達が早いかもしれないと考えてのことだったが、そうじゃなくてアメリア君だから良かったのだ。彼女が心から全力で協力してくれるから、私たちはみんな普通よりも速く確実に上達している。


「アメリア君に頼んで良かったよ。本当にありがとうね」


「いえ……そんな、あ……うん」


 やけにしどろもどろなのが気になるが、アメリア君も私の言葉が嬉しかったのか真っ赤な顔で照れてしまっている。両手で頬を押さえてその熱さを確かめているかのようだ。


「お姉ちゃん、わたしからもありがとう」


「では、私も謝意を述べておこう。アメリア、感謝しているぞ」


 次々と浴びせられる言葉に、いよいよアメリア君が耐えられなくなった。真っ赤な顔がさらに真っ赤になって、今度は両手で顔を隠してしまった。


 しかし、今日は本当に疲れたな。でも、充実した疲れはだるさよりも心地良さすらも感じさせる。きっとサラやシンクも同じだろう。アメリア君もそうかもしれないな。


 私は明日からも頑張ろう。素直にそう思うことができた。

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