ある魔法使いの苦悩81 魔法の習得

 私に対するアメリア君の指導はしばらく続いた。


 アメリア君は時折サラの様子を見に行って何か話をし、やることを決めてから戻ってくる、というのを繰り返していた。サラは自習に近い形だが、たまに大きな火球が壁に向かって飛んで行くのに結構驚く。


 シンクは魔法に関する基礎知識をアメリア君に教えてもらったので、今は魔力を少しでも掻き集めるために座禅を組んで瞑想をしている。どちらかと言うと肉体修行の一環に見えるが、要は集中できるポーズならなんでも良かったりするので、あれはあれで問題がないのだ。


「とりあえず三属性の魔法はすんなりと出せるようになりましたね」


「進捗が悪くて申し訳ない」


「いえ、別に進みが遅い早いはわりとどうでもいいです。ファーレンさんにはファーレンさんのペースがありますから」


 アメリア君は私がひとつずつ確実に魔法を習得しているという結果を重視してくれているようだ。私にとってもその評価軸はありがたい。なぜなら私は知識だけは十二分に持っているからだ。知識はあって魔力がある魔法使いなのに魔法を使えないという状態から少しでも脱出できるなら、それがどんなに初歩の魔法であって、ひとつずつしか覚えられないとしても悪い結果ではない。


 とてつもなく貴重な魔導書を持っているのに、そのすべての魔法を使うことができない魔法使い見習いに近い。使えるようになるのに何かが足りないのだ。それを埋めてくれる指導者が現れれば、一気に魔法を使いこなせるようになることさえ可能なはずだ。少し大袈裟だが。


「それじゃあ、最後に復習の意味も兼ねて三種の魔法をあの壁に向かって放ってください」


 アメリア君がある一ヶ所の壁を指し示す。そこは壁が少し焦げている。さっきからサラがファイアボールをぶつけているところだ。


「どうせ修復するのなら一ヶ所のほうが効果的でしょ? サラちゃんと同じところを狙ってください」


 演習場は魔法の試験をする場所でもある。肉体強化系の魔法を使った者同士の模擬戦に使ったりもする。だから、壁には魔法抵抗処理が施されているとともにそもそもの素材に頑丈な物が使われている。そうそう壊れはしないが、強い魔法や物理衝撃を与えれば破損をすること場合もある。


 定期的に補修工事や魔法加工が行われるのだが、その費用はもちろん新魔法研究所持ちだ。それは巡り巡って私たちの給料に響いてくる。なるべく修理の必要がないように使うのが一番だが、今回のように敢えて破損箇所を集中させるというのもひとつの手だ。


「最初はシャープナイフから発動してみてください。的は焦げの中心で」


 アメリア君に指示され、私は金属性の魔力を右手の人差指と中指の間に集中させる。じわじわと銀色の光が細長い形を象り、やがて食事用のナイフくらいの大きさになる。私は指で挟む形になっているシャープナイフを前方まっすぐに投擲した。


 銀色の光は一直線に進み、ゴスッ、と鈍い音を経てて壁に弾かれてカランと床に転がった。私の手を離れたナイフはすぐに形を維持できなくなりその場から消失した。


「威力はあまりありませんでしたが、構成速度と命中の精度は良かったです。これなら問題ありません。……それでは次はワールウィンドを同じ場所に巻き上げてください」


 私は先ほどシャープナイフを命中させた壁の少し手前に風属性の魔力を注ぎ込む。距離があるから制御が甘くなる。魔力が分散してうまく集まらない。


「もっと一ヶ所に集中させてください。さっきナイフが転がったあたりまでポイントを絞って」


 アメリア君の具体的な指示に従い、私は壁の前ではなくナイフの消えた場所に魔力を一点集中させる。私の全身から見えない魔力の糸が伸び、その一ヶ所に小さな黄緑色の塊を作り始めた。わずかに風の渦が発生している。


「今です! 魔力を解放してください!」


 私は最後のひと押しでグッと力を込めると魔力の渦は一気に膨れ上がった。床の一点を中心として旋風が巻き上がる。十秒にも満たない間、演習室内には空気の循環が起こった。汗ばんだ額に風が当たり気持ちが良かった。


「発動までの時間はまだ練習の必要がありますが、威力と持続時間は充分です。あとは発動位置をどれだけ遠くに伸ばせるかが勝負ですね」


「私の魔力では全部を賄うのは難しいな。どれを優先するのが効率的だい?」


「個人差の問題なので結論ではないですが、やっぱり発動時間は早いに越したことはないですね。今回のようにピンポイントで発動箇所を定めたほうが魔力を集中しやすくなって発動も早まりますよ。あとは、魔力を練り上げないで呪文を使うのもありですね」


 呪文にする場合、私は「シャープナーーイフ!!」とか「ワールウィンドォオオーー!!!」とか叫ばないといけないわけだ。いや、叫ぶ必要はないけど。いずれにせよ熟達しない限りは呪文として魔法名称か技名を言わないと発動しないし効果も大きくならない。恥ずかしいとか言っている場合ではないのだが…………やっぱりなんだか恥ずかしい。


 私の場合は、多少時間がかかっても魔力を集中して魔法を発動するほうがいいな。魔導具の支援でもあれば、いくらかは魔力量の補填もできるはずだし。


「では、最後です。アイスコフィンで締めくくりましょう」


 アメリア君は順調に仕上がっている私に満足そうだ。私だってもちろん嬉しいし、次々と魔法を放つのは案外楽しい。なぜ今まで使えなかったのか、そのことこそ不思議で仕方がない。


 私は氷属性の魔力を全身から手のひらに集中させる。手のひらは右手を下に、左手を上に向けて少し離して向かい合わせている。青い光が私の手と手の中心に集まり小さな氷のつぶてを発生させる。


「今です! 前方に遠く広く飛ばすように放ってください!」


 アメリア君の号令で私は両手を一旦右腰あたりに下げ、そこから両手を伸ばして一気に前方に突き出した。


 小さい氷のつぶてが私の前方に無数に広がり、演習場の半分を白く染める。室温が一気に下がった。


 氷属性の初級攻撃魔法であるアイスコフィンは、氷のつぶてを前方範囲内に放出するのが基本だが、精度が高まればそのまま集約して氷の棺に対象を閉じ込めることができる。私の場合は氷のつぶての直接攻撃と気温低下による行動制限がせいぜいだ。それでも充分通用するのだが。


「やりましたね! ファーレンさん、現状では三属性の魔法はほとんど使えていますよ!」


「ありがとう! 私もやればできたんだって、これでも結構感動しているんだよ」


「ファーレン、魔法使いみたいだったよ」


「ははっ、私は元々魔法使いだよ、サラ」


 魔法の演習を終えた私の元に近付いてきたサラは気温の変化で少し震えていた。落ちていた氷のつぶてを拾い「……冷たい」と渋い顔をする。すぐにつぶてを投げ捨てると、そのまま私の腰にギュッと抱きついてきた。


「サラは甘えん坊だな」


「だって……寒いんだもん」


 私はサラの頭を優しく撫でた。確かに演習場の気温はだいぶ下がってしまったが、私は心も身体も充実した気持ちでポカポカしていた。

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