ある魔法使いの苦悩50 白虎のあとを付けてみれば

 案の定、トレントは攻撃を仕掛けるもののサラが触れようとすると攻撃を逸らした。小トレントに至っては近付くこともしなくなった。一定の距離を保っていたはずがもう姿も見えない。


 大トレントはしつこく攻撃を加えてくるが、ひとたび横をすり抜けてしまえばその巨体により追い掛けて来れない。攻撃範囲が広いのでサラに守ってもらいながらの逃走になる。何度か枝の攻撃が直撃しそうになるも、サラが攻撃を受け流してくれた。


 ヒートハンドの影響もあるが、それ以上にサラには戦闘センスがあるのかもしれない。


 いかに火属性で守られている状態とはいえ、攻撃を真正面から受け止めればさすがにダメージを受ける。トレントが熱に当てられるのを厭わずに攻撃をしてくれば、我々などひとたまりもない。だが、サラはちゃんと攻撃を捌いている。こんな小さいのに、自分の身体ほどもある太枝による攻撃をいなせるのには驚きを禁じ得ない。


「サラ、もう少しだ。あと少しだけ頑張ってくれ」


「だいじょうぶ。ファーレンのことは、わたしが守るから」


 サラがとても頼もしい。その分だけ自分が情けなく感じる。私がサラを守るべきところを、逆にサラに守ってもらっている状態だ。本当に私は戦闘ではまるで役に立てない。


「……頼んだよ」


 私はサラにうなずきを返した。自分をネガティブに追い込んでも仕方がない。サラは私を守ろうとすることで力を発揮しているようだ。そうであれば私にできることはサラの足を引っ張らないことだ。変な話だが、しっかりと守られるように動けばいい。


 私たちと大トレントの距離に差が付くにつれて攻撃の頻度が如実に少なくなった。まだ追い掛けることを諦めてくれないので、立ち止まればまた攻撃を受けてしまう。白虎のところに辿り着いたとして、その後のことも考えないといけない。


 しばらくその状態を続けていると、いよいよ白虎の目の前まで到達できた。今まで微動だにしなかった白虎は私とサラに探るような視線を送ると、ふいと顔を背けた。そのままゆっくりと歩き出す。これは、もしかしたら付いて来いということなのだろうか?


「ファーレン、トラさんに付いて行ってみよう」


「ああ。そうだな、そうしよう」


 サラは迷うことなく白虎のあとに付いて行くことに決めた。また何か感じるようなところでもあったのかもしれない。


「トレントの追撃が気になる。このペースで大丈夫だろうか」


「だいぶ離れたし、攻撃が来たらわたしが防ぐから安心して」


「……今回はサラに助けられてばかりだな」


「いいの。わたしとファーレンはそういう関係だから」


 助けて助けられて。お互いがお互いのことを考えて行動する。確かに私がサラに対して思っていたことだ。これをサラが私に対しても思ってくれているのだ。こんな素晴らしいことがあるだろうか。


「それじゃあ、白虎の導きに従おうか」



   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 白虎のあとに付いて進んだ私は、いきなりの変化に戸惑った。


 薄暗い森の中をうしろを気にしながら進んでいたはずが、まるで別世界に迷い込んでしまったようだ。森の中であることに変わりはないのだが、先ほどまでと異なりかなり明るい。太陽の光が差し込んでいるというよりは、森全体が光を発しているように見える。


「あちこちが光ってるね」


 サラも同じことを感じていたようだ。あからさまに変わった森の様子に戸惑っているようには見えないが、キョロキョロと周囲を見回している。ヒートハンドはいつの間にか解除されている。


 光の森に入った瞬間に、大トレントの追跡は終わりを告げた。どう考えても別の空間に入り込んだか、そうじゃなければ瞬転したとしか思えない。


「ここは……どこなんだろう」


 もはやマップが何の役にも立たなくなったので、私にはここがどこだかがもうわからない。マッピングの弱点はワープと記録者の気絶だ。今回はワープに相当する。トレントとの戦いやそこからの逃走中にマップの記録が途絶え、白虎を追い掛けて辿り着いた空間は異世界に迷い込んだように今までと断裂されている。


 私は意味をなさなくなった地図を鞄に仕舞い込む。ここからは慎重に情報を収集していかなくては。


「あれ……トラさんは?」


 サラがさっきまで前を歩いていたはずの白虎が消えていることに気付いてあたりを見回す。確かに急にいなくなったな。この空間の変貌に気を取られて白虎がいなくなったことに気付けなかった。


「おまえたちは何者だ」


 いきなり頭上から声が聞こえた。私は声がしたであろう木を見上げた。


 そこには背景に溶け込むように薄緑色をした軽装の女性が枝に立ち、弓を構えている姿があった。特徴的な尖った耳に長い金髪。典型的なエルフがそこにいた。


「エルフなんて初めて見たな……。まさかここは妖精の森なのか!?」


「いかにも妖精の森だ。もう一度問おう。おまえたちは何者だ。どうしてこの場所にいる」


 凛とした透き通るような声で、エルフの女性は油断なく弓を構えたまま私に問いかける。弓で狙いを付けているのも私にだ。


「私たちは白虎を救うために、王都の東にある大森林に入って来た。そこで白虎に出会ったんだ。後を付けて来たら、いつの間にかこの森に辿り着いてしまったんだよ」


「……その話はどこまで本当だ」


「どこまでって、全部本当のことだが?」


「俄には信じがたい話だが、嘘をついているようでもないな」


「だから、全部本当だって言っているじゃないか」


「まぁ、待て。この森に人が入り込むこと自体がそうある話じゃない。おまえの話が本当である可能性は高いと私も考えている」


 エルフの女性は一瞬だけ顔を伏せると、次の瞬間には構えていた弓を外した。番えていた矢と弓を背中に仕舞い、木の枝からスッと飛び降りて来た。着地の音がほとんどしない。本の記録でエルフが身軽だとは知っていたが、これほどなのか。


「私の権限だけでは決められないが、少なくともおまえたちに問題はないと判断した」


「警戒を解いてもらってありがとう」


「いや、警戒は解いていない」


 そうなのか。問題ないと判断したと言っても全面的に信用したわけじゃないってことか。それもそうだな。闖入者がただの迷い人だとしてもここで何をするかはわからない。警戒を解いて良いことは何もない。


「おまえたちには私たちの長に会ってもらう。結論はそのときだ」


「エルフの長……それはとんでもない大物だな」


「それはもちろんその通りだ。おまえたちはあくまで一時的に敵と認識していないだけだ。下手な行動は取らないことだ」


 エルフの女性はほとんど変化のない無表情で淡々と恐ろしげな話を私に吹き込んできた。敵と認識されたら一体どうなるのだろうか。気にはなったが、敵になる気は毛頭ないので気にしないでおくことにした。

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