ある魔法使いの苦悩51 エルフの長

「呼ぶのに不便なのでキミの名前を教えてもらえないかい?」


「……シンクだ」


「シンクさんか。これからよろしくお願いするよ」


「まだどうなるか決まっていないから、そんなに距離を詰める気はない」


「そっか……。エルフは話の中でしか知らないから、実際の話を聞けると嬉しいんだけどね」


「おまえたちが長に問題ないと判断されれば、そのときにはそういった話をすることもできなくはないぞ」


「本当に? それは早くエルフの長と話をしておきたいね」


「先ほども言ったが、長に敵と認められたらタダでは済まない。心しておくように」


「……失言だけはしないようにしないとね」


 シンクさんは無表情で話すのでちょっと怖い印象がある。見た目の年齢はアメリア君と同じくらいだ。長い金色の髪をポニーテールにしている。細身なので触れれば折れそうな印象だが、大きな弓を平然と引くほどの筋力はある。無駄な肉を付けていないだけで戦士としての力量は高そうだ。


 切れ長の目は凛とした強さを窺わせる。エルフは美形が多いと言うが、ご多分に漏れずシンクさんもかなりの美人さんだ。


「わたしもエルフは見たことなかった」


「私たちの街には現れないからね。こういう妖精の森みたいな隠れ里に住んでいるんだよ。本の受け売りだけどね」


「なんで出てこないんだろう?」


「それは、シンクさんが答えてくれればいいんだけど」


 シンクさんは首を小さく横に振る。回答拒否。まぁ、仕方ないか。


「それにはまず私たちがエルフの長との謁見を無事に終えないといけない。そうしないと私たちは敵性認定を受けて、良くてここから追い出される。悪いと侵入で処罰の対象だからね」


「エルフと戦うの?」


「戦わないよ。だからこそ、これからは怪しまれないように堂々として、本当のことを話すしかないんだよ」


「わかった。わたしもちゃんと対応するね」


「サラは偉いね」


 私たちの会話はシンクさんにも聞こえている。エルフは耳がいい。あの尖って長い耳は、遠くの音でも小さな音でも拾ってくる。だからこそ、私たちが妖精の森に入った瞬間にこちらに飛ぶようにやって来れたのだ。


「そろそろ着く。わかっていると思うが、長に対して妙な行動を起こすようであれば、そのときは私の弓がおまえたちを貫くことになるだろう」


「それは勘弁して欲しい。大丈夫、そんなこと考えていないから」


「その言葉に嘘偽りがないことを期待しておこう。……さぁ、こっちだ。付いて来い」


 シンクさんに案内されて私とサラは森の中にあって開けた場所に行き着いた。大きく透き通った泉があり、蝶のようなキラキラした何かが何羽も舞い飛んでいる。木々が泉の三方を綺麗に囲っている。おかげで奥はまったく見通せない。


 行き止まりのようなその空間で、シンクさんは私とサラに待つように伝えてどこかへと行ってしまった。


「キレイな泉……」


 サラが正面の泉に目を奪われている。


「本当だね。こうして見比べると、大森林はどちらかと言うと野性的で、妖精の森は見たまんま神秘的だね」


「うん。ホントにキレイ……」


 そう言えばサラは妖精の森や神秘の泉に対しての抵抗感はなさそうだ。自然中の自然であるエルフの森はその属性値が相当高いはず。別名森の民とも言われるエルフは、土と水に属している。火属性のサラにとってはこれ以上にないほどの天敵だ。


「シンクさんが連れて来るエルフの長ってどんな感じなんだろうね」


「長だから、おじいちゃん?」


「そういう想像をするよね。でも、エルフは長命だから、長く生きてもあまり姿は変わらないんだよ。シンクさんも見た目は少女をちょっと過ぎたくらいだけど、実際の年齢は何歳だかわからないからね」


「……何を失礼な話をしている」


「うわっ! ……はぁー、ビックリしたー」


 気付けば音もなく背後にシンクさんが立っていた。振り返ると無表情と目が合う。最初からずっとこの顔のはずが、今この瞬間はとんでもない威圧感に気圧される。


「私の年齢などどうでもいいだろう。長が通る。頭を下げるように」


 言われるまま私は頭を下げた。サラも私に倣ったようだ。


 しばらくそうしたまま、音もなく歩くふたりが私の横を通り過ぎ、泉のほうへ向かう気配だけが通り抜ける。


「面を上げてください、客人たち」


 シンクさんではない透き通るように静かな声で、それがエルフの長のものだとわかった。


 顔を上げると、そこには若草色のローブを身にまとった妙齢の女性が立っていた。シンクさんと大差ない、幼さこそないが、長と言うにはかなり若い見た目をしていた。


「あなたたちが白虎に連れられて来た者たちで間違いありませんね?」


「はい。出会ったのが白虎であれば、その通りです」


「あれは間違いなく白虎です。この森に——正確には大森林のほうですが、そこに古から住む四神であることはわたくしが保証します」


「やっぱり白虎だったんだ……」


「ええ。そして、わたくしが気にしているのはその白虎が何を思ってあなたたちをこの森に連れて来たのか、というところです」


 エルフの長は長いまつげを持つ目をわずかに伏せる。


「それは私にもわかりません。大森林で大小二体のトレントに襲われて、もはや絶体絶命というときに白虎が現れました。もしあのとき白虎に出会っていなければ、私も、ここにいるサラもどうなっていたかわかりません。また、白虎がこの妖精の森に私たちを誘ってくれなければ、その後どうなっていたかもわかりません。わかっているのは、私たちが白虎に助けられたというただひとつの事実だけです」


「…………そうですね。おそらくあなたたちは白虎に認められたのでしょう」


「認められた?」


「はい。白虎は大森林も、この妖精の森も、そのどちらも守護しています。あなたたちは白虎を救いに来たという話でしたね?」


 真剣な表情でエルフの長が私の目を真正面から見つめてくる。静かな視線ながら、心の深くまで覗かれるようで私はゴクリと唾を飲み込んだ。


「そうです。私たちは四獣すべてを助けるために行動を起こしています。すでに青龍はそこのサラが助け出しました」


「そうなのですか?」


 エルフの長はサラに視線を移す。サラは「うん……」と頷いた。


「すでに四神の一体である青龍がそこの少女に助け出されたというのであれば、白虎ももしかしたら同じことを望んでいるのかもしれませんね」


 サラから私に視線を戻すと、エルフの長は小さく形のいい顎に手を添えてなにやら考え始めた。


 しばらくの間神秘の泉の空間を静寂が支配した。誰も何もしゃべらないし動かない。エルフの長が考えているのを邪魔してはいけない。不思議とそう思えた。


「…………シンク、ちょっとこちらへ」


「はい」


 エルフの長に招かれ、控えていたシンクさんが長にスッと近付いていく。


「あの者たちは四神の救世主に相違ありません。青龍がすでにその身を委ねているのであれば、あの少女が器なのかもしれません」


「器……ですか?」


「ええ。そこでシンク、あなたはあの者たちに協力しなさい。まずは白虎を見付けてもらう必要があります」


「……わかりました」


「お願いしますね」


 恭しく深い礼をすると、シンクさんは私たちのほうに近付いてきた。


「というわけだ。これから私がおまえたちに同行をすることになった」


「これで、いろいろと話を聞けるね」


「……答えられることだけだぞ」


 無表情だったはずのシンクさんが、どこか照れたような憮然としたような顔をして目を逸らした。年齢の話はするな、と言っているのかな?


 シンクさんは私の左側に立ち、私たちと同じようにエルフの長と向かい合う形で並んだ。

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