ある魔法使いの苦悩49 絶体絶命

 一定の距離を保っていたので攻撃の意思はないと思い込んでいたが、小トレントはツルをずっとひゅんひゅんとさせていた。つまり、いつでも攻撃をする準備はできていたのだ。大トレントの登場で、同じ樹人の魔物なのにも関わらず、脅威度の認識に差を付けすぎてしまった。


 この私の怠慢がさらに怪我を負わせてしまったかもしれない。攻撃を受けて倒れたサラはすぐに起き上がった。パッと見では傷などはないようだ。こんな状況でも私はそのことだけでホッとする。


「サラ、怪我はないか」


「ん……だいじょうぶ」


「まさに絶体絶命って状況だな」


 一定の間隔で丸太のような両の枝を叩き込んでくる大トレントに、伸ばしたツルを鞭のように打ち付ける小トレントに挟まれている状況は軽い絶望状態だ。これではサラを守ることも難しい。


「……ファーレン、わたし、ちょっと怒ってる」


「サラが怒るなんてめずらしいね。初めてじゃないか?」


「ファーレンのことを攻撃するなんて、絶対ダメなのに」


「私のことで…………私だってサラを攻撃したのは許せないよ」


 メラメラとした闘志のようなものを燃やして、サラがキツく小タレントを睨むように見ている。


 ……いや、実際にサラを囲う熱量が高騰している。


 サラを中心に空気が歪む。ゆらゆらと蜃気楼のように周囲の景色の確かさが頼りなくなる。空気の渦のようなものが巻き起こり、足元の落ち葉が巻き上げられる。


 これは……まさか、火属性の魔法か!


「いけないサラ! 森の中で火属性の魔法を使っちゃダメだ!」


 こんな場所で適性のある火属性の魔法を繰り出したらどうなるかわからない。もしトレントを二体とも燃やし尽くすほどの威力であれば、同じように森の木々に燃え移るかもしれない。それでなくとも火の粉ひとつで何が起こるかはわからない。これだけ土属性が強い土地だから抵抗値が高いとはいえ、サラがそれを上回る可能性がある。


「どうしようファーレン……うまく制御できない!」


 サラは泣きそうな顔で私を見る。陽炎のように周囲の空気が歪むほどの温度変化が起きている。急激な気温の上昇に大小トレント二体は動きを止める。自分を攻撃可能な魔力を感知したのだろう。


 トレントが攻撃をやめたのはありがたいが、サラの魔法を止めないと大変なことになる。こうなることは想定してなかったから、魔法を強制的に停止するアイテムなんて持っていない。


「サラ、落ち着くんだ。トレントを攻撃しなくていい」


「うん……でも身体が熱い。わたし、おかしくなっちゃった」


「落ち着くんだ。大丈夫だ。魔法に慣れていないだけでサラならすぐに制御できる。とにかく落ち着かないとうまくいかない」


 私はサラに近付くほど熱気が増すのを感じた。中心となるサラはかなりの高温になっている可能性が高い。これでは火の魔法が発動せずとも、この熱だけでも森にダメージが入ってしまう。


「いいかい、サラ。自分の両手を広げてしっかりと見るんだ。全身の熱をその手のひらに集約するイメージだ。集まれ、集まれ、こう念じるんだ」


「わかった……集まれ、集まれ。集まれ、集まれ」


 サラは広げた小さな手のひらをしっかり見据え、呪文を唱えるように同じ言葉を繰り返す。


「集まれ……集まれ……」


 驚いたことに、こんな簡単な魔力制御の初歩動作でサラの周囲に張り巡らされていた熱量が一気に引いていく。その熱はサラの手のひらへと集約していく。


「サラ、そのままだとすぐに手のひらに炎が発生する。森の中では火の取り扱いは厳重にしないといけない。サラならできる。炎が見えたらすぐに手を握り込んで拳を作るんだ」


「うん……」


 サラは必死な顔で額に玉のような汗を浮かべている。「集まれ、集まれ」と同じ言葉を繰り返していた。


 ――来たか!


 サラの手が赤く色付いていく。すぐにほんの小さな火の粉が生まれる。バチバチッとスパークして、火の粉が膨らんで小さな火種が浮かんだ。


「今だ! サラ、炎を握り込むように拳を作るんだ!」


 私の指示で、サラがすぐに拳をギュッと握り込んだ。集約していた熱が炎となりかけていたが、サラが拳を握り込むことでサラの手にエンチャントされる。


「魔力が高いから熱を完全に取り除くことはできなかったが、今は制御できている。もう安心していい」


「……ありがとうファーレン。もうだいじょうぶみたい」


 今のサラは火属性の附与魔法ヒートハンドを使用している状態となる。徒手空拳で戦う魔法戦士が好んで使う、各属性の力を素手に付与して多様に戦うためによく用いられる魔法だ。弱点がつきやすく威力も乗りやすいのが特徴で、さらに扱いが簡単で魔力量が少なく済むのが好まれている。


 サラが無意識に発動した魔法が攻撃系じゃなくて良かった。


 この大森林は町の人が日常生活を送るのに不可欠だ。それに、白虎はこの森の中にいるかもしれない。少なくとも森の中で火属性の攻撃魔法を使うことをよしと思われることはないだろう。


 しかし、状況が改善したわけではない。サラの魔力に警戒を強めていたトレントたちも、熱量が引き、一度見えた炎も消えてしまったので再度蠢き始めている。


 せっかくのチャンスを潰した形になるが、それでも大森林を火災に巻き込むことよりはよほどいい。


 私が次善の策を考えていたところ、ふと、サラがどこか遠くを見つめているのに気が付いた。


「どうしたんだい、サラ?」


「……ファーレン、あそこにトラさんがいる」


「トラさん……白虎か!?」


「ほら、あっち」


 サラが指差す先。大トレントの陰になってハッキリとは見えないが、確かにこの緑の森にあって違和感を覚えるほどの真っ白な個体がそこにいた。


 大きさは並の虎と同程度か。伝説の白虎のそれとはまるで違う。でも、ひと目見ただけで心が洗われるような、真の純白に思わず目を奪われる。


 あの虎は白虎だ。私は確信する。白虎に会うためには今を切り抜けないといけない。


「サラ、ここを抜けて白虎のところに行こう!」


「うん!」


「そのためにはサラに協力してもらう必要がある。私が囮になる。危険だが、サラには私に向かうトレントの攻撃をその手で防いでもらいたい」


 サラの手はヒートハンドで火属性を帯びている。トレントは魔物とはいえ正体は木だ。しかも、動く時は足の役割を持つため根を張っておらず水分の吸収ができない。そのため、大抵の場合は火属性が弱点となる。つまり、サラに触れられるだけでも嫌なはずだ。


 これが現時点での最善策。サラを前線に出すのは本当は避けたいが、そうも言っていられない。


「わかった。ファーレンは、わたしが守る」


 サラが握り込んでいる拳を胸に引きつけながら、さらにぎゅっと強く握り込んだ。


 なんて頼もしい姿なんだろう。私は娘の成長に密かに喜びを感じてしまった。

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