ある魔法使いの苦悩45 東の森

 ひさしぶりに太陽が煌々と照らす暖かいというより暑い日差しの中、私とサラは町を出て大森林に向かっていた。


 徒歩ではかなりの距離があるのだが、タイミングが良くないと森へ直接向かう移動便がないので、待っている時間のほうが長くなりそうなので歩くことにした。距離があるといえ、一日がかりとかそういう距離感ではない。町民も普通に歩いて食材を採りに行っているくらいだ。


「こうして外を歩いてみると、王都と違ってここらへんは湿度が高いな」


「……空気がベトベトする」


 夜の間に大気中の水分濃度が上がり、日中は太陽に照らされて地面からも蒸気が昇ってくる。二重の水分が高湿度を作り上げていた。大森林にとっては大切な要素だが、不慣れな私たちには不快感のほうが強い。このベットリと服が張り付く感覚は味わってみて初めて嫌なものだと良くわかる。


 町に近いほど緑が薄くなっていたので、町から離れていくにつれて地面にも草が生い茂るようになり、木々の密度も高まってきた。背の高い木の間を通るときは生い茂った葉っぱが陽を隠してくれる。ほんのりと涼しいタイミングがあり、湿度もほのかに薄まって感じる。たぶん、これは気のせいだが。


「こうして近付いてみると、大森林は圧巻だな」


「目の前のこれ全部が木なの?」


「ああ。木が集まって森ができてるんだ。同じような場所がたくさんあるから、ガイドなしだと自分の居場所がわからなくなって迷っちゃうんだよ。今回はちゃんと魔法道具を持って来ているから、私たちだけでも大丈夫なはずだ」


 首下げ式の方位磁針で方位を確認しながらマップを起こすのは旅人や冒険家のスタンダードだ。それだけなら普通の道具でもできる。わざわざ魔法が込められた方位磁針を使うのは理由がある。魔導具の方位磁針には土魔法を転用した初期値設定が附与されている。つまり、スタート地点を登録しておくことでモードを切り替えて北ではなく初期値設定をした場所を常に示してくれるようになる。スタートに戻る、というやつだ。


 迷った際にあてもなくどんどんと進んでしまうとかなり危険だ。スタート地点を目指すことで、とにかく外に出ることができる。どんなに広くとも、壊れなければスタート地点を目指せるのは心強い。難点としてはタワーや大迷宮のように縦に構成されているダンジョンだと方向しか示してくれないので、階層に関しては自分で把握する必要があることだ。


「魔法って便利なんだね」


「そうだね。今の世の中だいたい道具でなんとかなる。それでも、アメリア君のように自分で魔法を使いこなすことができれば臨機応変に対応できるという強みがあるんだよ。私は残念ながらそこまでの素養がないので、時間をかけて魔法にカスタマイズを加えるくらいがやっとだよ」


「それでも、魔法を使えるんだから、やっぱりファーレンはスゴイと思う」


「そう言ってもらえると嬉しいよ。魔法に関しては加齢はメリットになることもある。若い内から魔法を使える人もいるし、歳を取ってから急激に魔力が底上げされるって人もいるんだ。といっても、やっぱり最初から達人レベルの人のほうが上限も高かったりするし、才能の影響はあるよ」


「そうなんだ……。わたしも魔法を使えるようになるかな?」


「サラは最初から魔法の素養があるからあとは覚えればいいだけじゃないかな? たぶん、今の時点で私より三回り以上の魔力量があるし」


「そうなの? わたしも魔法を使えるの? ……どんな魔法を使おうかなぁ」


 サラが自分の両手を広げて手のひらを見つめている。そうしているとそこに魔法でも浮かび上がってくるかのように。


「サラが興味があるなら、今度アメリア君に教えてもらうといいよ。彼女みたいにレベルの高い魔法使いならコツを教えるのも上手いし、知識量や応用力を考えても普段から魔法を使っている彼女のほうが適任だ」


「ファーレンは教えてくれないの?」


「できるならそうしたいよ。でもね、こればっかりはセンスの問題もある。最近マシになったとはいえ、私は王都では決してランクの高い魔法使いではない。サラの成長を考えるのなら、いい師匠につくべきだ」


「……わかった。今度お姉ちゃんにお願いしてみる」


「私からもアメリア君にお願いするよ。あの子はサラのことが大好きだから、きっと喜んで先生になってくれるんじゃないかな」


「うん! わたしもお姉ちゃんのこと、好きかも」


「かも、なんだ。そこは確定してあげたほうがいいんじゃないかな。きっと喜ぶから」


「わかった。がんばる」


 開いていた拳をグッと握り込む。アメリア君のことを『好きかも』から『好き』に格上げするのにそんなに力まなくてもいいのに。


 私とサラは、サラがどんな魔法を使えたらいいだろうか、という話に夢中になりながら大森林へと確実に歩みを進めていた。

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