ある魔法使いの苦悩44 ふたりの前夜祭

 さすがに観光地なだけあり、食事処がとても充実している。


 大森林の恵みである木の実や野菜、それからジビエを中心とした創作料理店がしのぎを削っているようだ。狩猟採集で元手があまりかからないから、安い値段で提供しても充分に利益が出るのも同じような店舗が並ぶ理由になっていそうだ。


 ここだと貴重な魚を使った料理は見当たらない。出せば希少価値でそれなりの客を集めそうだが、食材費が高すぎて旅人には流行らないあろう。お金持ちの観光客に向ければいいが、あくまでこの値で貴重なだけの魚にそこまでの価値を見出す旅行者がどれほどいるだろう。……これか、魚料理の店がない理由は。


 サラは魚料理が好きだから残念がるかと思ったけど、特にそんな感じでもない。むしろジビエに興味を持っている。大丈夫かな、癖が強いから食べられないかもしれないぞ。


 観光客目当てじゃなく地元民をターゲットにした小料理屋や食堂もある。こちらは逆に安心感が漂う。ただ、使う食材はきっと同じだろうから、観光客向けにマイルドに調整されていないダイレクトな味わいに鮮烈な衝撃を受けるかもしれない。端的に言えば臭い料理が出てきそうだ。


「わたし、この店のごはんを食べてみたいなぁ」


 サラが指差したのは、案の定ジビエと森野菜をメインとした創作料理店だ。描かれているイラストから、ウサギ肉やキジ肉が使われていそうだ。私もほとんど食べたことはないが、キジ肉は比較的初心者向けだったはず。本の受け売りだが。


「ここで大丈夫かい? ジビエ肉って結構癖が強いから食べられないかもしれないよ?」


「うん、がんばる」


「そっ、そうか。サラが頑張るって言うのならここにしてみよっか」


「たのしみ」


 サラの目がキラリと輝く。本当に食べたいんだ……。


 どちらかと言うと私のほうが腰が引けている。王都に住んでいる限りジビエ肉を食べる機会はまったくない。意識的にそういう希少な料理店を探し向かえば食べられないこともないが、そこまでして高いお金を払うんだった普通に牛肉や豚肉のいいものを食べたいというのが正直なところだ。


 たまたまジビエを手に入れたとかでいきなり限定メニューが増えていたときに食べてみたけど、そこまで美味しかったというイメージが残っていない。受け付けなかったわけではないが、かといって滅茶苦茶気に入ったということもない。軽く受け流して今まで生きてきてしまったのだ。


 まぁ、これも社会勉強だ。サラがいろいろなものにチャレンジしようとするのは決して悪いことじゃない。新たな味覚が開発されるかもしれないし、何かに急に目覚めるかもしれない。ジビエ料理家になるのは勘弁してほしいけど。


 私は恐る恐るジビエ専門の創作料理店の暖簾をくぐり抜けた。



   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「お肉美味しかったね」


「予想外に良かったよ。ビビって損した」


「ファーレンがビクビクしているの、ちょっとおもしろかった」


「サラはよく物怖じしなかったね。結構ワイルドな見た目で現れたのに」


「ウサギさんが丸ごとお鍋に入っていたのはちょっとかわいそうだったかも。……でも、味が染みてて美味しかった」


 さすがにほとんど原型を留めているウサギが丸ごと煮込まれている鍋がそのままどんと置かれるとは思ってもみなかった。聞いてみたら、これが一番肉が柔らかくて美味しく食べられる一般的な調理法とのこと。焼いてもパサついて硬いだけだから、煮込むのが一番向いているのがウサギ肉の特徴だよ、という店長のドヤ顔が忘れられない。


 試しにと焼いたウサギ肉を小皿で提供してくれたら本当に難くてうまく噛み切れなかった。やたらと噛んで顎が疲れただけで、その後に食べたウサギ肉の鍋の美味しさが際立ったのだ。これはもしかしたら店長の戦術だったのかも。


 キジ肉はステーキで提供されたらこれは柔らかかった。雄と雌とじゃ柔らかさが違うらしく、今回は雌の肉だった。しかも長期熟成させて味が濃厚になっていたという話だ。比較対象がないから差はわからなかったけど、確かに普通に食べる鶏肉と比べたら濃厚だった気がする。


 ひとつわかったことは、ちゃんとわかっている料理人が料理すればジビエは充分に美味しいということだ。サラのジビエデビューが思いのほかいい店だったのは良かった。まずい、硬い、臭いの三拍子揃った悪いジビエ料理を食べてしまったら、今後二度と食べようと思わないかもしれないからな。まぁ、それで困るかと言うとそう困らない気もするけど。


「しっかり栄養も摂れたし、明日は頑張ろうな」


「うん。元気満タンになった。これでお布団で寝ればもっと満タンになる」


「それだと溢れちゃってるな。その分は私が分けてもらおうかな」


「ファーレンに元気あげる。わたしの元気、ちゃんと使ってね」


 サラが私の背中に両手を当ててくる。これは元気チャージか? 私やサラならスキルを使えば実際に元気の移し替えもできそうだが、今回のはあくまでそういうポーズだ。でも、サラの温かい手が触れているだけで本当に元気が湧いてくる。


「なんだか元気がチャージされた気がする。サラ、ありがとう」


「どういたしまして。わたしはファーレンに元気あげちゃったから、ちょっと減ったかも」


 サラは布団を指差す。


「だから、また満タンにしたいからいっしょに寝よ? 約束だもんね、ファーレン」


「ははっ、わかったよ。少し早いけど、お風呂に入って歯を磨いたら一緒に寝よう」


「やったー」


 私は部屋にあるお風呂を沸かし、サラと一緒に入った。長旅で硬くなっていた腰や背中が優しく癒やされたような気がする。お風呂を出たらサラと並んで歯磨きをしてから、サラと同じ布団に入った。


「うわぁ……ふわっふわだね!」


「だろう? ベッドや布団がちゃんとしているのは宿の最低条件のひとつだと思う。ベッドが固いとか布団が平べったいとかはいくら宿代が破格値でも避けたい。そこはお金をかけていいところだと思っているからね」


「わたしもそのほうがいいなぁ」


「大丈夫だよ、サラ。空きがない場合はどうしようもないけど、私と一緒ならちゃんとした床に就けるようにするからね」


「でも、ファーレンといっしょなら、わたしはどこでもだいじょうぶだよ」


「サラ……」


 いつもいつも嬉しいことばかり言う。サラから無条件の好意を向けられて悪い気がしないわけがない。気分が良くなるばかりだ。


 だからこそ私はサラを一番に考える。サラにとって良くなる方向に共に進むだけだ。

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