ある魔法使いの苦悩46 森の中

「しかし、思ったよりもだいぶ暗いな」


 大森林に足を踏み入れた私は、日中なのに薄暗い森の様子をつぶさに観察した。ちょっとずつ緑が濃くなり、草や蔦なども増えて視界が緑に染まるのも早かった。


 大森林に入る前と比べて大きな違いが三つあった。ひとつは匂い。自然の匂いというか、草花の匂いと動物や虫の匂いも感じる。風にすら匂いを感じたほどだ。ふたつめが音。主に虫の音が空間を支配し、風が草木を撫でる音、どこかを流れているのか水のせせらぎも聞こえてきた。動物の鳴き声も混ざり、この大森林からは大きな生命力を感じることができた。


 最後の違いが光だ。日光が通り抜けるスペースが少ないのか、上を仰ぎ見ればエメラルドグリーンのようにも見えるが、あまりにも深く生い茂った葉っぱの影響でかなり薄暗い。密集した木々もそれを助長する。上からも横からも光が少なく、ほとんどの視界を緑や茶色が染め上げる。


「わたし、なんだかこの場所はちょっと落ち着かないかも」


「どういうことだい?」


「よくわからないんだけど、力があんまり出ない気がするの」


「サラは火属性の力が強いから、大自然の中は苦手かもしれないね」


「……そうなの?」


「ここに来るまでの間も湿度が大変そうだったし、強い水属性や地属性とかに弱いのが火属性持ちの特徴だよ。お風呂とかは平気でも、強力な水属性の海なんかは苦手かもしれないね」


「海? わたし海を見たことない」


「じゃあ、今度試しに行ってみようか。王都からはだいぶ遠いからなかなか難しいかもしれないけど」


「苦手だったら帰りたくなるかもしれないよ?」


「ははっ。それならそれでいいよ。海に入らなくても海辺でも楽しめるところはあるし、海辺もキツそうだったら海の幸を食べ歩くのもいいしね」


「わたし……海行きたい!」


「サラ、それは美味しい食事が楽しみなだけじゃないのかい?」


「うん!」


 サラは正直だな。ちょっと食欲に支配され過ぎな気もするけど、これからどんどん成長するんだからたくさん食べるのは良いことだ。


 しかし、本当に火属性の影響が強いようだと海は苦手かもしれないな。


 属性には相克関係がある。火属性は木属性や金属製に強いけど、水属性や土属性に弱いみたいにお互いが強弱で影響する。人は誰でも何らかの属性を帯びていて、どの属性が強いかは個人差が大きい。


 私は珍しい金属性持ちなのだが、あくまで他の属性に比べたらやや強い程度でどちらかと言えば無属性だ。無属性だからこそなんでもできるが、そのどれもが弱いというのが私が今まで魔法の研究開発に苦労していた理由だ。しかも困ったことに無属性は極めることが困難だ。なにせどの属性にも属さない自然物がない。自然から力をもらえないのだから、魔導具の補助なしに魔法を使うことがそもそも難しい。今が魔導具が充実している時代で本当に良かったよ。もう少し前の時代に生まれていたら、おそらく私は魔法使いであったことにすら気付いていなかっただろう。


 そんな無個性な私に比べて、サラは火属性の力がかなり強い。初めて出会った洞窟でも、サラが精神体のときは足跡に残り火が出るくらい火属性の影響が強く出ていた。本体と融合してからは火属性の影響はあまり出ていないが、サラ自体が魔法を使えないからだろう。魔法を習得すれば、火属性に由来するものだけ簡単に身に付くはずだ。


「もし、辛いようだったら早めに教えてくれよ」


「うん、わかった」


 薄暗い森の中、私はサラとはぐれないように手を繋いで歩きながら奥を目指す。方位磁針をちょくちょく確認しながら、マップをどんどんと書き足していく。目印になるように、道中の木々のいくつかに自然に還りやすい紐を結びつけておいた。この紐は何日か経つと勝手に解けて落ちるので自然に還りやすい。丈夫な紐を使ったり木を傷付けて目印を付けるのを私は好まない。この商品が流通しているのはとてもいいことだと思う。


「ここは深い森だ。収集した情報だけが頼りだ。簡単には白虎の元には辿り着けないだろうな」


 町での食事時に、町民が森で見かけた白い子虎についての情報を収集してみた。意外なことに結構な数の人が白い虎を見たと言っていた。ただ、情報はあまりにもバラけていた。特に大きさのバラつきが多い。子虎と思って情報を収集したが、猫のようだったというサイズから、ライオン並で虎よりも大きかったなんて話も出てきた。元々の白虎伝説が山をも超える大きさなのだから、猫だろうがライオンだろうが大差ない。ドラゴン――青龍のときを思えば大きさはあまりあてにならない。


 大事なのは目撃した場所だ。一番浅い人で森の入口で見かけたと言っていた。一番深い人で森で迷っていたら白い虎に出会い、まるで案内されるように後を付いていったら森の外に出れたというものだ。


 私はこの、森の奥で案内されるように外に出れた、という情報に激しい引っ掛かりを覚えた。普通の野生の動物が、森の中でひとり迷っていた人間を見かけて襲い掛かりもせずに外に出すなんてことがありえるだろうか? もしお腹が空いていなかったにしても、わざわざそんなことをする理由が思い当たらない。


 だとすれば、この白い虎が白虎に深く関連する存在であり、守護対象である人間を助けたと考えたほうがしっくりと来る。私はこの情報が当たりだと半ば確信した。食事も終わりかけて帰ろうとしていたこの旅人を捕まえて、私はいろいろと白い虎に関して質問をしまくったのだ。


「ファーレン、マップ描き終わった?」


「もうすぐだよ……よしっ」


 私は追記したマップを折りたたみポケットに仕舞い込む。


「私たちもだいぶ奥へと進まないといけないからね。いくら魔法の方位磁針があるとはいえ、マップはちゃんと描いておくにに越したことはないんだよ」


「マップ、大事なんだね」


「そうだよ。特に森みたいに迷いやすいところはね」


 ここは大森林だ。既存のマップもあるにはあるが、自然が相手では日々状況が変わってもおかしくない。古い地図を掴まされて全然違っていて迷ったなんてシャレにならない。自作は大変だが、マッピングスキルさえあればこちらのほうが確実だ。


「迷わずにトラさんに会えるといいね」


「ああ、そうだね。もしかしたら数日がかりになるかもしれないし、それでも成果が出ないかもしれない。だからといって、諦めるわけにはいかないからね」


「わたしもがんばる」


「頼りにしてるよ、サラ」

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