ある魔法使いの苦悩26 ドラゴンのこども

 それは突然目の前に現れた。


 正しくは、サラのすぐそばにフワフワと漂っていたのだ。


「――ドラゴン!」


 半透明だが、たしかにドラゴンの幼体と思われる羽の生えた大きなトカゲのような生物が、サラの頭上をふらふらフワフワと飛んでいる。


 いつの間に……。


 ストーク君の先導で探索を続けていたが、一向にそれらしき場所も存在も検知できなかった。さすがに今日は時間切れか、と野営のできる場所を探そうとしていた。


 最初は気づかなかったのだが、少し後ろを歩いていたサラが突然周囲を気にし始めた。すぐに何かに気づいてじーっと空中を見ていたので、不審に思った私はサラに近づいて、そこでドラゴンの存在を確認したのだ。


「これは……精神体ですか?」


「おそらく」


 ストーク君もいきなり現れたように見えるドラゴンにさすがに驚きを隠せない様子だ。かなり警戒を広げていたにも関わらず、あっさりとそこをスルーしてきたのだ。当然の反応だろう。


「実際のドラゴンは書籍でしか見たことはないのだが、半透明じゃなかったと思う」


「ですね。俺もドラゴンは実体のある生命体だと記憶しています」


 私たちのことは特に気にならないのか、ドラゴンのこどもは何を考えているのかよくわからない軌道でフワフワと飛んでいる。


「この子……何かを言いたそう」


 サラがふとそんなことを言う。触ろうと手を伸ばしているが、スルリとすり抜けている。


「わざわざあたしたちの前に出てきたってことは、サラちゃんの言うように何か狙いがありそうですよね」


 アメリア君もドラゴンに触れてみようとしたが、やはりサラと同じようにすり抜けている。自分の手を見つめたアメリア君は、もう一度同じことを繰り返してから首を傾げた。手応えもないようだ。


「こういう出現は予想外だったからどう対処すべきかが思いつかない。当面の危険はなさそうだけど」


 ドラゴンのこどもが魔物のような状態であれば、いつ我々を攻撃してくるかを本来であれば警戒しないといけない。だが、目の前を漂うこの小さな生き物が、しかも精神体の状態で生命の危険を脅かすような攻撃をしてくる様子はない。


「いろいろと確認したいのですが、精神体ではなかなか難しそうですね」


 ストーク君はさすがにドラゴンのこどもに触れようとはしない。結果は同じだからだ。


 顎に手を当てて、サラの周りをウロウロしている。実際にはドラゴンのこどもをいろんな角度から観察しているのだが、傍から見ると小さな女の子を怪しげにジロジロと見ている好青年という図だ。


「ファーレンさん」


 アメリア君が私の傍に寄ってきた。


「ドラゴンのこどもが精神体でいるってことは、きっとどこかに本体もいますよね?」


「おそらくは。この山なのか、まったく別の場所かまではわからない。ただ、普通であればそれほど遠くまで精神体だけが独立して動くとも思えない」


「あたしもそう思います。この山でアタリですね、きっと」


 ドラゴンのこどもはフラフラしながらたまに空中で静止し、サラのほうを見ているような素振りを見せる。気づくと、ちょっとずつ先へ進んでいるような動きだ。


 これは、まさか。


「ファーレン」


 サラもどうやら同じことを思ったようだ。さっきまでドラゴンのこどもを目で追っていたのだが、私のほうを見て同意を含んだ響きで私に呼びかけた。


「サラ、そのドラゴンについて行ってみよう」


 確証はないが、もしかしたらドラゴンのこどもは私たちをどこかへ案内しようとしているのかもしれない。あまりにも曖昧な動きをしているのでとてもわかりづらいが、同じ場所をグルグルとしているだけではなさそうだ。


 幼体だからとても力が弱いのかもしれない。本来の本体が精神体をうまく操れず、ゆらゆらフワフワしてしまっている可能性は充分ある。


「山頂ではなさそうですね」


 ストーク君はドラゴンのこどもの半透明な姿を目で追いながら、動きの方向を予測していた。


「……これは、もしかしたらあの池かもしれないです」


 私もふとそんな気がしていた。私たちが池を迂回して山頂へ向かうルートで調査を続けていたら、いきなりドラゴンのこどもが現れた。そして、サラに対して何かを訴えかけ、今こうして戻りのルートをゆらりと飛んでいる。これは私たちが池をスルーしたことでドラゴンの本体が困るからと考えると辻褄が合う。


 もちろんすべては予測の範囲であり、実際はまったく違うかもしれない。でも、ヒントが少ないこの状況では、答えを握っているドラゴンの精神体の誘いに乗るほうが間違いない。


 とんでもない罠が待ち構えられていたら私たちが迂闊だったとしか言えないが、その可能性はやはり薄いと感じる。


「心配しなくても、だいじょうぶ」


 私が思考をグルグルとしていたら、サラが私を真剣な顔で見上げていた。ああ、心配をかけてしまったか。


「サラが言うならきっとそうなんだよね。……わかった、とにかくあのドラゴンの案内に従ってみることにしよう」


「うん」


 ドラゴンのこどもはフワフワとした動きのまま、やはり私たちを先導するようにちょっとずつ山を下っていった。

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