ある魔法使いの苦悩27 続・ドラゴンのこども
「やっぱりここなのか」
たっぷりと時間をかけてドラゴンのこどものあとをついて行った先は、案の定山の中腹にある大きな溜池だった。さっきよりも時間が過ぎているので、周囲はだいぶ暗くなっている。
水面に月明かりが反射して、幻想的な雰囲気がより際立つ。
ドラゴンの精神体は私たちをここまで連れてきたが、そこで案内が止まってしまった。
「この中ってことは……ないですよね?」
アメリア君がそう言いたくなるのは理解できる。そもそも池に連れて来られた時点でその可能性が大幅にアップするのは自明の理だ。
「ありうると思うよ、充分」
「そうですよねぇ……」
入りたくない気持ちもわかる。日中ならまだしも、山にいる時点で気温が低くなっていたし、何より日が落ちてしまっている。野営の準備を始める前という時点で、今日の探索はかなり厳しい。
「俺が行きますよ」
ストーク君が荷物をアメリア君に渡し、軽く準備運動を始めた。
「中に入るのかい!?」
「ええ、そのつもりですが?」
「さすがに時間が悪くないか」
「とはいえ、ドラゴンの精神体がいつまでもここにいるかどうかがわからないですからね。案内してくれるというなら、たとえ水中でも向かったほうがいいと思います」
ストーク君はブレない。それが最良であればそうするし、誰がどう動くのが効率がいいかもしっかりと把握している。このメンバーだと自分が一番適任だと踏んで率先して行動を起こしてくれているのだ。
「ストーク君、ちょっと待ってくれないか」
今にも池に飛び込むんじゃないかという手際の良さのため、私は慌てて彼を制止した。
「どうかしましたか?」
「いや、ドラゴンが留まっちゃっているから何かまだあるのかもしれないと思って」
「たしかに」
ストーク君は飛び込むのをやめて、一旦私たちの元に戻ってきた。
ドラゴンのこどもはサラの頭上近くにほぼ動かずに浮かんでいる。ジーッとサラを見ている状態は続いたままだ。
「サラ、そのドラゴンが何が言いたいかわかりそうか?」
「ううん……」
「そうだよな。さすがに何もしゃべらないとわからないよな」
サラはドラゴンのこどもを見ていた視線を動かし、その真紅の瞳を私に向けた。どこか哀しそうな顔をしている。
「……わたしと、同じかも」
サラの言葉の意味は私にしか通じない。
所長にもアメリア君にもストーク君にも話していない、サラとの出会いでの秘密を。
ドラゴンのこどもと同じように、サラも――精神体で私と接していたのだ。サラの身体は宝箱の中にあり、同一体として今ここにいる。
そのことを言っているのだ。
「もしかしたら通じるかもしれない。サラ、ドラゴンのこどもに本体のところに案内してくれるように言ってくれないか?」
「わかった……やってみる」
サラは言葉ではなく、思念でドラゴンのこどもとコンタクトを取ってみることにしたようだ。両手を祈るように握り、おでこへと当てた。
しばらくして、ドラゴンのこどもの身体がわずかに反応した。やがてまたサラの周りをグルグルと周り出した。
「ファーレン、案内してくれるみたい」
どうやったのかはわからないが、どうやらサラの想いがドラゴンに伝わったようだ。
「ストーク君、申し訳ないけどドラゴンのこどもが水の中に案内するようだったら調査を引き受けてくれるかい?」
「元からそのつもりなので問題なしです」
任せてください、そう言ってストーク君はドラゴンのこどもの様子を目で追いかける。
しばらくサラの周りを漂っていたドラゴンの精神体は、やがてやはり池の方へ向かって行った。水面に浮かびながら奥へ奥へとフワフワ飛んでいく。
ストーク君もドラゴンに続いて池へと飛び込み、頭を水上に出したまま器用に泳いでその後をついていく。
「ひとりで大丈夫かしら、ストーク?」
「いざとなったら私も入るよ」
「ファーレンさんがいざとなったら、あたしも入りますからね」
「そんな”いざ”が来ないことを祈りたいところだよ」
ドラゴンのこどもの動きはゆっくりなので、ついていくストーク君はちょっと大変そうに見える。ただ、遅いだけで一直線に目的地には向かっているようなので、無駄に体力を使わされることはなさそうだ。
「ファーレン」
サラが私を呼ぶ。
「なんだい、サラ?」
「……ううん。なんでもない」
ん? めずらしいな。
サラは何か言いたげな様子だったが話を打ち切られてしまった。
月に照らされたサラの横顔は年齢よりも大人びて見える。心なしか本当に身長が伸びているんじゃないかと思えてしまった。いつもどおりのサラのままのはずなのに。
私は少し気になりつつも、サラと同じようにストーク君の様子を見ていることにした。
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