ある魔法使いの苦悩25 山間の大きな池
ある程度進んだところで、景色がパッと変わった。
右手側から大きく弧を描くように切り立った崖がそびえ立ち、そこで雨の流れがせき止められたのか、かなり大きな池ができあがっている。どこかで循環でもしているのか、溜まった水は濁らずに透明感がある。
「きれー」
サラが素直な感想をつぶやいた。
たしかにある種幻想的な風景だ。いくら用がない限り王都から出ないとは言え、出てきさえすればこんな風景をお目にすることができるのだ。出不精にもほどがあるな。あと、いろんなことに興味がなさすぎたのかもしれない。
「この山にこれほど大きな池ができあがっているとは、少し予想外です」
ストーク君も池の存在は把握していなかったようだ。先頭を歩いてやたらと驚いた顔をしていたと思ったらこの池が出てきた。まさか、というところなのだろう。
「俺は山登りはあまりしないもので。情報としての存在は知っていても、それがすべてではないってことですね」
「私も似たようなものさ。わりとあちこちに行くことがあっても、目的地のすぐ傍にあったところで用がなきゃ見向きもしない。今回の話がなければ、一生ここに来ることすらなかったかもしれないしね」
「あたしも」
意外とみんな似たようなものなのかな? アメリア君も山はそうそう登ることもないだろう。
「結構大きい池のようなので、少し迂回経路が長くなりますががんばってついて来てください」
ストーク君が見える範囲で池の周辺をグルっと回っていくルートにあたりをつけたようだ。この山は高さこそあまり高くはないがなにせ広い。せき止められて広大になった池は山の中にあってかなりの大きさだ。迂回するだけでも相当な距離となる。
場合によってはドラゴンのこどもを探しにこの池をも探索範囲に含めることになる可能性も残る。まずは他の場所を探すが、どこもハズレだった場合はそうなるかもしれないのだ。
「ファーレン、ここにまた来れる?」
「ん? どうしてだい?」
「なんか、気持ちがすーって感じがするの」
「心が洗われる感じかな?」
「わからない……見てると、ずーっと見ていられそう」
「サラはこういう幻想的な光景が好きなんだね。うん、わかった。今回の調査で安全なところだってわかったら、今度は調査とかじゃなくて来てみよう」
「うん。ありがとう」
サラは私を見上げ、笑顔を作る。さっきまで池を眺めていた姿はどこか大人っぽい雰囲気があったが、今は元通りのサラだ。
私が知らないだけで、世界には感動を生む場所がいくつもあるのだろう。今後はサラといっしょにそういう場所を巡ってみるのも悪くないかもな。
「たしかに、こんな場所に好きな人と来られたら素敵かも」
アメリア君がふとそんなことを言う。
「好きな人でもいるのかい?」
「あ、いえ……そういうわけじゃない、ですけど」
反応したら慌てられてしまった。アメリア君も若いんだし、恋のひとつやふたつしていそうなものだけど。今の人たちは意外と積極的にそうしているわけでもないのかな。
「わたしはファーレンといっしょならどこでもうれしい」
「サラはいつもうれしいことを言ってくれるね!」
思わずサラのことをぎゅーっとしてしまった。こういうことは自重していたのだが、反射を抑えられなかった。いかんいかん。
「いいなぁ……」
アメリア君が恨めしそうにつぶやく。
私はサラを解放した。苦しがっているかと思ったが、どうも物足りなさそうな顔をしている。
「あっ! ストーク君があっちで我々を待ってくれている。あまり待たせても申し訳ないから、そろそろ行こう」
私はサラの手を取り、大きな池をもう一度だけ見てから、ストーク君に追いつくように小走りで向かった。
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