ある魔法使いの苦悩19 ストーク

 街道の旅はまったくもって順調だった。


 もっとも、世界が闇に覆われただとか、魔王が魔界からやってきただとか、空から無数の魔物が湧き出てくるとかそういう状況になっていないのだから、あたりまえといえばあたりまえだ。


 ストーク君を先頭とした三角形の配置で、右うしろをアメリア君、左うしろを私、そして真ん中にサラという布陣で進んできた。


 護衛も兼ねているというだけあり、彼の気の配り方は尋常じゃない。周囲の気配をずっと窺っているのはうしろから見ていてもよく分かる。その上で、まるで背中に目がついているかの如く、サラが歩くのに疲れていることを敏感に察知して、適切なタイミングで休憩を提案してくる。


 私が何か言う前にストーク君が気づいてくれるので、サラはすっかりストーク君のことが気に入ったようだ。休憩中はストーク君の近くに座るようになった。どさくさに紛れてアメリア君もサラにピッタリとくっつくから、私だけが蚊帳の外だ。


 その三人の姿が、まるで若い親子のように見えるのがちょっと切ない。


 ファーレンよ、サラはおまえがしっかりと育て上げるんだからな!


 ここで三人からあまり距離を取ってしまうとぼっち感が全開になるので、私はなるべく近くに陣取るようにしている。サラも別にストーク君にベッタリというわけでもない。私の方にも来るし、アメリア君とたのしくおしゃべりしていることも多い。


 別け隔てなくいろいろな人と話すことができるのはすごいことだ。サラは、私なんかより立派に人間関係を構築できている。


 ……おっと、こんな小さい子に嫉妬してどうする。私は変わることを決めたんだ。サラに負けている場合じゃない。


「ストーク君、ちょっといいかい?」


「なんでしょう、ファーレン先輩」


「キミは新魔法研究所に務めているけど、立ち居振る舞いは剣士のそれに見える。過去に何か剣術や武術を極めていたりするのかい?」


「ええ。実家が騎士の家系で、俺も幼い頃は父親からかなり鍛えられました。兄がふたりいて、どちらも騎士の道を歩んでいます」


「どうしてキミは魔法使いに?」


 ストーク君はすぐに返事を返さなかった。少し顔を伏せる。心なしか陰のようなものが見えた。


「俺は、あまり決められた道を歩みたくなかったんです」


 ボソリと力ない言葉だ。


「父はもちろん騎士になれと言いました。ふたりの兄の内、上の兄もそんな感じです。俺と歳の近い兄だけは、俺の気持ちも理解してくれていたみたいですが……」


 うつむきがちだった顔が持ち上げられる。私に向けた視線からは強い力が感じられた。


「それで私は騎士団でも魔法兵団でもなく、魔法開発の研究者を選択したのです」


「ストークは何をやっても優秀だしね」


 アメリア君がフォローに入る。やけにフレンドリーだが、彼のほうが年下なのかな。


「優秀なんてそんな。俺は俺がどこまでできるかをいつも試しているだけだよ」


「それがスゴイっていう話」


 自分の限界に常に挑戦しているとサラッと言ってしまえるストーク君はたしかにカッコいいし、きっと相当優秀なのだろう。


 新魔法研究所では見かけたことはないが、それは逆に彼が常に最上位の研究開発に携わっていたからとも考えられる。たまたま出会わなかっただけで、私と同じようなランクの仕事をしていた――という想像は難しい。


「ストーク君はあまり研究所で見かけることがなかったけど、普段はどんなことをしていたんだい?」


「俺は自分から希望して、未知の新魔法を生成する錬成陣の構築をやっています」


「……どえらいエリートじゃないか」


「そんなことはないですよ。俺もあの中じゃ劣等生。今回の調査も、自分の殻を破る機会になればと喜んで引き受けたという理由もあります」


「そうだったのか」


 どうりで。随分雰囲気のある若者が私のチームに入ったものだと思っていたが、志願だったとは。


 アメリア君はきっとサラがいっしょになるということを敏感に察知し、立候補したクチだろう。


 そんな前途ある有望な若者ふたりが、私のようなしがない魔法使いと共にいてくれるのは本当にありがたい。


「でも、俺は魔法の研究開発はとても好きです」


 ほんのちょっとだけ口の端を引き上げる。


「ちゃんと自分の頭で考えて、仮説を立てて、可能性を探り、失敗し、試行錯誤する。やがてひとつの正解に辿り着く。このときの気持ちは、いやいや騎士をやっていたら絶対に味わえなかったという確証があります。俺は、魔法使いになって良かったと思っています」


 もう立派すぎて何も言えない。私はストーク君の真っ直ぐすぎる性格に太陽のような眩しさを感じてしまった。


 私も新魔法研究所に来たての頃は夢に溢れていた。あまりに失敗のほうが多く、うまくいかない時期が長すぎたためにかなり卑屈な性格になってしまっていた。


 周りが愛想を尽かしていなくなってしまうわけだ。


 私は、アメリア君、そしてストーク君というとても優秀な若者と距離を近づけることができるチャンスを得られた。これを無駄にしては私は先へは進めない。


「キミはスゴイと思うよ」


「……ありがとうございます」


 ストーク君はとても小さな笑みを続けていた。私は、これだけは負けないと自慢できる全力の笑みを浮かべた。


「ストーク君。キミなら安心してこの調査の護衛を任せられる。そして、調査のほうももちろん頼りにしているよ」


「全力で任されます」


 ガシッと握手を交わす。クールタイプのようだが、感情を大きく表現しないだけで熱い男のようだ。私の差し出した手をすぐに握り返したきたのが何よりの証拠だ。


 そこにサラがすっと自分の手を下から添えてくる。私とストーク君は一度目を合わせると、スッと腰を落とした。私たちの握手にサラも加わる。


 サラは目だけでアメリア君に何かを訴えかけた。


「仕方ないわね」


 これだから男は、みたいな感じでアメリア君がやれやれといった体で私とストーク君の握手、その上の重なっていたサラの手に自分の手をスッと重ねた。


 お互いに顔を見合わせ、誰ともなくフフッと笑う。



 さぁ、そろそろ休憩を終わりにして出発をしよう。

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