ある魔法使いの苦悩18 チーム・ファーレン
「では、よろしく頼むよ」
所長に王都の北門まで送ってもらえるなんて私にはもったいない。
結局ドラゴンのこどもの探索には私を含んだチームが編成された。しかも、私がリーダーだ。つい最近までアメリア君以外との交流などない私がリーダーというのは荷が勝ちすぎる。辞退しようと思ったのだが、やおらガッチリと両肩を掴まれて、迫力のある視線で「頼んだよ」と念押しされたらノーという気も出てこない。
返事は「はい」または「イエス」だという名言があったが、言わなくても成立するんだな。
私のチームには、私の性格はしっかり勘案されたのかアメリア君が入っていた。彼女がいるといないとでは大違いだ。そして、私が研究所内で見かけた記憶はあまりない青年が同行することになった。
彼はストークという名前だった。
すらりとした長身で、短く切った青みがかった黒髪が運動神経の良さを感じさせる。魔法使いのはずなのだが、腰に細身の剣を吊り下げているのはとても気になる。
やはり私とアメリア君同様に白衣を着てはいるのだが、彼が羽織るとまるでマントのようなイメージに変換される。いったいどこの勇者様が同行することになったんだ、という見かけだ。
そして、三人で行くのかと思いきや、チームメンバーの紹介の際に所長はとんでもないことを言い出した。
「サラ君も連れて行くといい。君の幸運の女神みたいだしな。はっはっはっ!」
どうやら今回の調査はそこまで危ないものではないらしい。
ドラゴンのこどもが生まれたという情報は、北の街道を抜けて行き着く先にある街から得たものだ。たまたま立ち寄った騎士団が噂話程度に聞いていたが、王都に持ち帰って吟味したらしい。そして、魔法兵団の手が空いていないため、新魔法研究所に白羽の矢が立った。
あまり長い間情報を放置してしまうと、その間にドラゴンのこどもが死んでしまったり、あるいは盗賊団に狙われてしまう可能性だってある。
ドラゴンは魔力がとても高く、知能もあり、性格にもよるが基本的に国の守護神として成長することが多い。早めに王都で保護をして、いずれは王都の守護竜として繁栄の象徴としたいという意向もある。
野生のまま成長をしたドラゴンは人にとって驚異になる場合もある。それを防ぐ狙いもある。
「ファーレン先輩」
私が回想に耽っていると、ストーク君が私に声をかけてきた。
「どうしたんだい?」
「サラさんですか。あなたの子供ですが、連れて行っても問題ないんですか?」
「たしかにまったく心配がないとは言えない。ただ、数日部屋を空けることになるから、連れて行けたほうが私としては都合がいいというのもまた否定できないんだ」
ストーク君は私、サラ、そしてまた私に視線を移す。値踏みされている感じがある。
「わかりました。俺としては今回の調査では護衛を兼ねているので、どちらかと言うとサラさんを守る形になりますが、それでよろしいでしょうか?」
「むしろそうしてほしい。私とアメリア君は自衛くらいはできるよ」
「ではそうさせていただきます」
言うなりストーク君の立ち位置がサラに対して絶妙に斜め前になった。彼の持つ剣の間合いから、振り切ってもサラに当たることはない位置だ。かなり戦いに対する嗅覚が鋭いのかもしれない。
「あたしも守ってほしいんですけど」
「じゃあ、私が守ろうか?」
「ファーレンさんが? あたしのほうが強いから、頼りないかも」
……これはきっと冗談で言ったのだろう。まるでいたずらっ子が半分バレているいたずらをごまかしているような表情だ。距離感が近くなったのはとてもありがたいけど、接し方がまだイマイチ掴めない。
「まぁ、少しくらいは頼ってくれても構わないよ」
ははは、と力なく笑いながら答えておく。
「今回の行程は比較的安全というだけで危険がないわけじゃない。まずはサラを優先して守り、次にアメリア君を守る方針にする。私とストーク君は基本的に自力でなんとかしよう」
「わかりました」
ストーク君はあまり感情を表に出さないタイプのようだ。極めて淡々と事務的に対応されるから、友達のように振る舞う必要がなく、上司部下という感じもない。どちらかと言うと雇用主と傭兵に似ている。
「ファーレン」
サラが私の白衣を軽く引っ張る。
「なんだい、サラ?」
「わたし、ドラゴンに会うの、たのしみ」
とてもキラキラとした目をしている。感情が豊かになってきたとはいえ、ここまで好奇心が強くなっているサラを見るのは初めてだ。拳も小さく握り込んで、力が入り込んでいるのもめずらしい。
よっぽどドラゴンのことが好きなんだな。
「そうか。こどものドラゴンだから、サラの友達になれるかもな」
「ともだち……」
そう言うと何回も反芻する。
サラは同年代の友達はいないし、研究所の魔法使いや商業区のお店の店員さんとかしか知り合いがいない。年上だらけの中、同年代の友達がドラゴンというのはどうなのかと思うが、種族を超えて仲良くすることができればそれは素晴らしい才能だ。
こどものドラゴンなだけに、私のような年長者やストーク君のように戦士の気配がある者が近づくと警戒するかもしれない。最終的にはアメリア君任せになるかもしれないが、その際にサラの存在がいい影響を与える可能性がある。
サラからドラゴンが好きだという気持ちが出ていれば、ドラゴンもそれを感知するかもしれない。種族を超えた交流は、大抵の場合は本気の感情のぶつかり合いだ。存在の本質に触れ合うことで、見えない部分でお互いを理解する。
まぁ、本の受け売りなのだが。
「サラちゃんもたのしみなのね。あたしもたのしみなんだ」
アメリア君もドラゴンが好きなのか? もしかして、所長はこれをわかってチームを組んだのかもしれないな。
ということは、まさかストーク君すらドラゴンが好きだったりするのだろうか?
「ストーク君」
私は興味が勝ってしまい、放っておいたら必要な話以外しないだろうストーク君に声をかける。どんな返事が来るのだろう。おぉ……気になる。
「キミも、ドラゴンが好きだったりするのかい?」
「俺ですか?」
腕を組んで地面を見つめる。人差し指が二の腕をトントンとし続けている。
「考えたこともありませんでしたが、子供の頃は絵本が好きで、よく母に読んでもらっていました」
何かを思い出したのか、ほとんど感情がない表情のまま、腕組みを解くとポンッと左の手のひらに右の拳を叩き合わせる。
「俺が一番好きな絵本の題名が『宝の山の火炎竜』でした。何回も読んだお気に入りでしたね。今ごろ、どうなってるだろう? 捨てたっけかな?」
やっぱりストーク君もドラゴンが好きだった! 今はどうかわからないけど、子供の頃好きであれば、今でもそのままである可能性も充分ある。
間違いない。所長はドラゴンが好きなメンバーをうまいこと集めたようだ。
私はドラゴンにそこまで入れ込んでいるわけではないが、嫌いなわけではない。ただ、国の守護神として扱われるくらいあまりにも希少種なので接点がなかっただけだ。
このチーム、所長からの期待はかなり高いはず。私の両肩にかかる責任も少なくなさそうだ。
王都を出るときに所長に掴まれた肩が熱く感じる。
急造チームではあるが、私はこのミッションを無事に完遂することを誓った。
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