ある魔法使いの苦悩17 所長からの依頼

 ここ数日は特に何事もなく過ごせた。


 サラの服と靴を買いに行った休日は、期せずしてアメリア君との交流を深めることができた。主にサラとアメリア君の仲が良くなったのだが、ついでに私も多少は輪に入れていたと思う。


 魔法の研究開発はあいかわらず失敗が多くて嫌になってくるが、同じ研究室内にサラがいるだけで落ち込む暇はない。サラの存在がそれだけで功を奏している。


 しかも、失敗はあくまで”多い”というレベルであり、全部失敗していたことを考えると何かがうまく回り出している感じはある。


 アメリア君は同じ研究所内にいるとはいえ、平日はあまり出会わない。彼女は国家レベルの魔法の開発に携わっており、通常は研究室のひとつに優秀なメンバーが集まって籠もりっきりだ。


 私が行う魔法の研究開発は、通常魔法の強化や使用魔力の低減、属性値の変動や効果範囲の拡大縮小など主にカスタマイズ関係になる。新魔法の開発は相当な頭脳が必要なので、私のような凡才では想像することすら困難だ。


 とはいえ、カスタマイズが簡単と言っているわけではない。これまでたいした成果を出せずともこの研究室から追い出されることがなかったのは、ひとえに魔法の研究開発そのものにある程度の技能が必要だという部分に理由がある。


 魔法は一定のルールが出来上がれば、魔力の素養があれば誰でも使えるようになる。ただし、あくまで通常魔法と呼ばれる誰が使っても効果の変わらない魔法のみだ。


 ここに、魔力を魔法に組み込むことができる才能があると魔法のカスタマイズが可能となる。それを私も持っている。もちろんアメリア君も持っている。


 一般の人が持つ魔力は魔法の使用回数がどれくらいあるか、または使える魔法の量がどれくらいあるかという基準だ。魔力がとてつもなく高いだけでは、魔法を何回連発できるか、またはどれだけの種類の魔法を使いこなせるかという差しかない。


 ところがカスタマイズの才能をうまく使えれば、火の玉を生じさせる魔法を火柱にしたり、爆発に変換することができる。あるいは温度のカスタマイズで火の魔法で冷気を作り出すこともできる。ただ、この例は実際に一般に流通させた段階では混乱を生むだけだから好き好んで真逆の性能にカスタムする人はいない。あくまでそういうこともできる、という話だ。


 私はせっかくカスタマイズの才能があるが、それを使いこなせていない。


 ここ最近で成功したのは、光魔法の照射範囲を拡大することで家の照明に転用する装置に組み込む魔法、それから耐毒実験用に毒魔法の毒素を若干調整したものだ。どちらも実際にはこの研究室では簡単にこなせるレベルのものだが、需要があるからの開発であり、成功したことは大きい。


 これで私の首の皮もまた繋がった。


 サラは私が研究開発をしている間は、別の部屋にいてここには来ない。たまに失敗の具合によっては爆発することもあるから、さすがに危ないので退避してもらっている。


 今日はあとひとつくらい研究開発のノルマを果たしておくか。


 私が失敗が多いのを前提としてか、やたらと期限の長い案件が集中しているので、量こそ多いがひとつずつ確実にクリアできればなんとかなる。それでも間に合わない場合は、一ヶ月前には他に回さないといけない。


 空いている人員の都合によっては、私が失敗した簡単な研究開発が上位の研究者に回ってしまうこともある。たまに明確に悪態をつかれることもあるが、これは私の失敗が生んだものだから仕方がない。依頼が達成されないよりはよほどいい。


 もちろん、一番いいのは私が私がやるべきすべての依頼をちゃんとこなすことだ。


「さて、もうひとふんばりするか」


 私は次の課題である、土魔法で畑を耕す際によりふんわりすることができる柔軟加工の開発に取りかかった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「ファーレン君、いるかね?」


 私が順調に魔法の開発を進めていると、研究室のドアを開けて所長が入ってきた。


「はい、なんでしょう?」


「仕事は順調かね」


「おかげさまで。ここのところは調子いいです」


「あの子が来てから変わったと聞いたが、どうやら本当のようだな」


 あの子とはもちろんサラのことだ。私はサラをこの研究室で育てることを研究所に申請した。子供同伴というところに懐疑の目を向けて来る者もいたそうだが、私の場合は家がここなので所長は許可をくれた。


 もともと子供を連れて来てはいけないという縛りもないようだ。それでも私以外は子供は家か学び舎にいるのが普通なので、おかしい物を見る目を向けられたことは一度や二度ではない。


 研究所が大きいので同僚とはいえ見知らぬ者も多いし、そうじゃなくても私はこの中ではぼっちだ。アメリア君と彼女が仲良くしている一部のメンバーには打ち解けられてきているが、それ以外はサッパリのままだ。


「所長がここにサラを置くことを認めてくれたおかげですよ」


「子供のパワーは侮れないからな」


 はっはっはっ、と所長は豪快に笑う。


 所長はかなりの老齢なのだが、精神力が強く、食事や運動をしっかりとやっているので見た目がかなり若い。白いものが目立つようにはなっているが、研究者で魔法使いとは思えない筋骨隆々の姿は、言わなければ戦士とか武闘家と間違われるほどだ。


 実際全盛期には闘技場に参加して、並み居る猛者たちを相手に立ち回ったとか。それで優勝したあとに「俺は魔法使いだ」という名言で伝説を残したというのをかつて先輩に聞いたことがある。


「君が調子がいいのはウチにとってもありがたいことだ。しっかりとやってくれたまえ」


「ありがとうございます!」


 私は深々とお辞儀をした。


「ところで、今日はどういった用件で?」


「あー、そうだそうだ。君は私のように冒険ができる貴重な魔法使いなので、ひとつ頼みたいことがある」


「頼みたいこと、ですか?」


「そうだ。私からの依頼は――」


 所長はあたりを窺うようにキョロキョロとしたあと、私にかなり近づいて、こうつぶやいた。


「ドラゴンのこどもが生まれたらしい。今やドラゴンは貴重だ。そこでここ新魔法研究所で保護管理をおこないたいと思っている。この噂が本当かどうかを、ファーレン君、君に頼みたいのだ」


 ドラ……ゴン!? このご時世にドラゴンですか!?


 私は自分の耳を疑いたくなったが、この強い単語が聞き間違いだったとは思えない。というか聞き間違えていない。実際に所長はドラゴンと言った。


「ドラゴン、ですか」


「そうだ。やってくれるか?」


 情報が少なすぎる! 所長、もうちょっと何かないの!?


「……はい」


 上下関係とはこういうものだ。


 私はサラと出会ってからの好調に奢ることなんかしない。今まで研究所にも所長にもだいぶ迷惑をかけてきた。ここらで挽回のチャンスがあるのなら、それを無下に断るのは自分との信頼に関わる問題だ。


「わかりました」


 私の返事に所長は満足そうに微笑んだ。うなずき「期待しているよ」と嬉しいことを言う。


 ただ、これだけは言っておかなければならない。


「所長、もう少し詳しい情報をいただけると助かります」


 さすがにノーヒントすぎて、じゃあ行ってきます、とはいかない。無理。


 情報をください、所長!

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