ある魔法使いの苦悩16 アメリアの猛攻

「サラちゃんって好きな食べ物とかあるの?」


「……おさかな?」


「この年齢でお魚好きなんだ」


「うん……たぶん?」


 もしかしたらサラは今まであまり食にこだわりがなかったのか、あるいはあまり種類を食べさせてもらえていなかったのかもしれない。


「今度どこか食べに行かない?」


「……」


 アタックがスゴイな。サラがこちらに助けを求める目を向けているではないか。


「このお姉ちゃんはサラのことが好きみたいだから、ワガママ言ってみたらどうだ?」


「もう、ファーレンさんったら!」


 バシンと私の背中を容赦のない平手でぶっ叩く。痛いっ!!


 これはなんだ? 恥ずかしいのか? それでなぜ私がこれほどの威力を誇る打撃を喰らわないといけないんだ?


「……っ! アメリア君、ちょっと、強く叩きすぎでは?」


「あはは。あたし、女ですよ?」


 その「?」の意味を教えてくれ。女だったら力がないとかそういう意味なのか?


 アメリア君は自分で頼んだトマトソースのパスタをサラとシェアしている。油断すると「あーん」とするのだが、さすがにそれはサラが拒否している。


 サラももらうだけでは申し訳ないのか、自分のふんわり卵のオムライスを取り分けてあげている。この交換条件を受けたときのアメリア君の喜びようはちょっと異常じゃないかと思ったが、女の子のお気に入りポイントがどこにあるとかは私ではサッパリだ。これくらい、女子の間ではあたりまえなのかもしれない。


 しかし、私が頼んだぷるっとした半熟卵とカリカリベーコンをサンドしたジューシーハンバーガーはとてもシェアしづらい。まさか、ひとりひとつではなく、いろいろなものを食べてみたいという習慣があるというのは正直予想外だった。


 私も家族とは取り分けをしたり、大皿の料理はそうする。サラとも魚料理を取り分けて食べた。


 でも、女子は違うんだな。友達同士では普通のことだという。友達と……シェアだと? ぼっちが長すぎて文明に差がついてしまったか。仮に男友達がいたとして――一人前の料理を分けない気がする。女友達……はいなかったから想像すら難易度が高いぞ。


「ファーレンさんも食べてみます?」


 その提案は辞退した。私の口をつけたハンバーガーを代償に差し出すほどの勇気は私にはない。そして、一方的に分けてもらうのも気が引ける。なんだったらもう一品何か買ってくるのもやぶさかではないくらいだが。


「えー、おいしいですよ? ねぇ、サラちゃん」


「うん」


 あまり同意しないでくれ! 女子のネットワークに入るのは私のような年齢では犯罪ではないかとさえ思ってしまうくらいなんだ。サラはいい。まだ子供だ。だがアメリア君は立派な大人の女性だ。いくら同僚とはいえ、分別をわきまえるくらいはしないと。


「……私はこれで手一杯だ。サラとアメリア君でどうぞ」


「このオムライスも、おいしいよ?」


「ああ、どう見てもとてもそうだと思う。だが、サラよ、キミが食べていいんだよ」


「……うん」


 あー! ちょっと哀しそうな顔をされてしまった。選択を誤ったか!


 だが、サラのだけシェアしてもらってアメリア君のを拒否するのはもっとダメな気がする。ここはこれでいい。ハンバーガーを選んだ私が悪いのだ。


 この状態をキープするのは厳しい!


 私は不自然にならない最速でハンバーガーを片付けていく。他のふたりよりも倍速といってもいい速さだ。でも、意外とボリュームのあるこの逸品。おいしい、かなりおいしい。


 どうしてハンバーガーはこんなにシェアしづらいんだ! というか、シェアするという文化を事前にちゃんと勉強しておくべきだった。


 まさか自分の不勉強をこんなところで痛感するとは。人間関係はやはり難しい。


「ファーレンさん、お腹でも空いてたんですか?」


 空気を読んでくれないアメリア君が、くすくす笑いながら私の食べっぷりにツッコミを入れてきた。サラもちょっとポカンとしている。


 もごもご、としか回答できないので曖昧な顔で返事したが、ちゃんと伝わったか?


「ファーレンさんって、仕事以外だと意外とおもしろいんですね」


 そんな変な顔をしたか!?


 アメリア君は「パスタ吹き出すからやめてください」と笑いながら言ってきたが、私にそんな意思はない。


 早く弁明しておくべきだと急いで食べすぎたのか、飲み込む際にちょっと詰まらせてしまった。セットで一緒に頼んでおいたアイスティーの入ったカップを手に取り、ストローから何とか水分を注入する。


 あぶない……盛大に吹き出したりしたらアメリア君から軽蔑の目をもらうところだった。彼女はサラを育てていく上で必要な協力者だ。機嫌を損ねて関係が悪くなったらその損失は計り知れない。ぼっちの私にはわずかな繋がりを失うのは危険だ。


「子供みたいですね」


 まだおかしそうなアメリア君。


 研究所内ではあまりやり取りをした記憶はないが、随分と明るい子じゃないか。サラを明るく活発に育てていくのに彼女のように参考になる人が近くにいるのは大きいな。サラも嫌っている風もないし、本当に感謝が尽きないな。


「……いやー、このハンバーガーがあまりにもおいしくてね。年甲斐もなく掻っ込みすぎてしまったよ」


「いい食べっぷりでしたよ」


「うん」


 女子ふたりに褒められるとなんかうれしいなぁ。


 ただ私がハンバーガーを早食いしただけなのに、サラなんか小さく拍手をしている。


「アメリア君にはお昼代を出してもらってしまったから、何かデザートで食べたいものがあるかい? 今度は私が出そう」


「えー、悪いですよぉ。いいシューズ買ってもらえたのでそのお礼ですから」


「いや、そのシューズがお礼だから、お礼のお礼っていうのも」


「だったら、そのデザートもお礼のお礼のお礼になりません?」


「……たしかに!」


 ぷっ、とサラが吹き出した。おー、サラがこんなに笑うなんてめずらしい。


 アメリア君もサラの笑顔に興奮したのか「サラちゃんカワイイ!!」と抱きついている。サラは突然のことにビックリしていたが、抱きつかれているのが気持ち良かったのかそのままされるがままになっている。


「わたし、デザート食べてみたい」


「じゃあ、買ってくるよ。アメリア君も何か食べたいものある?」


「それなら、アイスクリームがいいです。今日は暖かいので」


「わかった。それじゃ、ちょっと行ってくるよ」


 私はオープンエリアに並ぶ露天の中から、冷たいアイスをそのまま保存できる氷魔法の込められた箱を持っていることを売りにしている『氷屋』に向かった。

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