ある魔法使いの苦悩⑬ アメリア

「あら? ファーレンさんって結婚してましたっけ?」


 夕ごはんを食べ終わって、すっかり眠気が強くなってきたサラを寝かせるために、居住を兼ねている研究室へと戻ろうとしたところ、研究所内でバッタリと彼女と出会った。


 以前私の研究グループに参加していたものの、あまりの優秀さにあっさりとより上位の研究室へと行ってしまったいわゆる天才タイプだ。


 当然、私とはその素質に天と地の差があるのだが、彼女は私が失敗続きだということを知る前に去ってしまったので、この研究所内では比較的好意的に接してくれている。


 とはいえ、それは同じ研究所の同職といった程度で、通り過ぎての会釈や軽いあいさつくらいだったのだが。


「いや、この子は私の子供ではないんだよ」


「じゃあ、どこの子なんですか? 親戚の子でも預かったんですか?」


「うーん……」


 私が言い淀んでいると、彼女はスタスタこちらに近づいてくると、皿の前でしゃがんでしっかりと視線を合わせた。


「あたしはアメリア。あなたは?」


「サラ」


「サラちゃんって言うんだ。よろしくね」


「……うん」


 初対面にもかかわらず、彼女――アメリア君はサラの頭に手を乗せるとその黒髪を丁寧に撫でた。


「キレイな黒髪ね。あたしは癖っ毛ががスゴくて、こんなにキレイに整わないわ」


 あはは、とアメリア君はサラの頭を撫で続けて自分との髪質の差を確かめていた。


 アメリア君はオレンジがかった茶色の髪をフワッと肩口で切り揃えている、いわゆるボブソバージュという髪型をしている。サラは真っ黒な髪の毛を腰のあたりまで伸ばしているストレートロングなので、かなりの対比がある。


 しかし、あの髪型は整えていたのではなく癖っ毛だったとは。


 この研究所ではかなりの若手で他の研究員から妹キャラのように扱われているアメリア君だが、サラの前ではだいぶお姉さんになっている。妹でもいるのだろうか?


「ファーレンさん。この子誘拐してきたんじゃないでしょうね?」


 ギクッ! 一瞬心臓が跳ね上がった。もちろん誘拐などしていないのだが、今までそれを誰かに咎められるのを恐れていた。村で宿屋の女将、王都の入り口で門番を乗り切って安心していたが、まさか研究所内でそれを言われるとは予想外だった。


「……やっぱり何も言わないのは不自然か。アメリア君、この子は南の森の洞窟付近でひとりでいたのを保護したんだ」


「保護? 両親はいなかったんですか?」


「ああ。サラに聞いても両親はいないというから、捨て置くわけにもいかないから私が保護した」


「そうなの?」


 アメリア君はサラに尋ねる。せっかく正直に言ったのに私の言葉を疑わないでほしい。


「うん」


「それは大変じゃない。これからどうするんですか?」


 今度は私に聞いてくる。髪色と同じような瞳で真剣にこちらを見つめられるとちょっと落ち着かない。


「当面は私の研究室でいっしょに暮らそうと思う。当座のお金に心配はないから、その間にサラの両親を見つけることができれば探すし、そうじゃなかったらこの子が大きくなるまで責任をもって育てようと思っている」


 私の言葉にアメリア君は右手の人差し指をあごの先端に押し当てて、やや視線を上に向けている。何かを考えているようだ。


「……あたしが言うのも変だと思うけど、ファーレンさんって子育てできるんですか?」


「痛いところを突くね。もちろん、できるできないかはやったことがないからわからない。でも、できないとか言っている場合じゃないから、もちろんちゃんと勉強して対応するつもりだよ」


「そうですか」


 まだ何か言いたそうだったが、アメリア君はもう一度サラの頭を撫でると立ち上がった。


「少し心配です」


 とても真剣な顔を私に向ける。


「ファーレンさんとはそんなに親しくしてきたわけじゃないですけど、これも何かの縁です。もしサラちゃんのことで何か困ったことがあったら、遠慮せずにあたしに声をかけてください」


「ホント? 実はちゃんとできるか不安だったからとても助かる。ありがとう!」


「あたしはサラちゃんが心配なだけですからね」


 この微妙な距離感は今まで私が作り上げてきたものだから仕方ない。ただ、まったく頼れる人がいないのといるのとでは天地の差があるといってもおかしくない。


 特に、女の子のことで何かわからないことがあったときに聞ける相手ができたのは心強い。アメリア君には感謝しかない。


「じゃあ、あたしはこれから家に帰ります。ファーレンさんはサラちゃんをしっかりと寝かせてあげてくださいね」


「わかってるよ。キミも気をつけて帰るんだよ」


「あたしは強いから大丈夫ですよ」


 活発なアメリア君はとても魅力的な笑みで、私――いや、サラに向かって手を振ると研究所を後にした。


「サラ、行こうか」


「うん」


 私はサラの手を握ると、自分の研究室に向けたまた歩き出した。

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