ある魔法使いの苦悩⑫ おいしい夕ごはん

「……おいしい」


「だろ?」


 私たちの前には二種類の魚料理が並んでいる。


 サラの前にはあまり濃い色のタレではないのにしっかりと味が染み込み、あっさりとした甘みと魚の旨味を引き出したダシがたっぷりの煮魚だ。


 私の前には白身魚をブロック状にカットして衣をつけて一度揚げたあとに、煮魚とはまた違った甘酸っぱいタレをまとわせて色とりどりの野菜と合わせて炒めた料理がある。


 付け合せでもらった三種類の魚の角切りをごま油と塩で軽く和えた小鉢料理も絶品だ。


 サラは魚料理に特に抵抗がなく、おいしそうに食べてくれている。連れてきて良かった。


「そんなに食べられないから頼んでいないけど、焼き魚や刺し身もおいしいんだよ。焼き魚も見た目はシンプルなのに、ちゃんと熟成させて旨味が増したものを使っているから、ひと口だけでも濃厚な味わいが口いっぱいに広がって幸せな気分になる。こんなに魚をおいしく食べさせてくれるところはあまりないんだ」


「そうなんだ……うん、これもおいしい」


 私が取り分けた白身魚の甘酢炒めはちょっと熱かったのか、サラがはふはふしている。もしかしたら、こういう料理は食べ慣れていないのかもしれない。


「良かったよ。サラに食べてもらいたいものを考えていたら、私が食べたいものしか思い浮かばなくて」


「わたし、これ気に入った」


 サラが煮魚を小さく崩したものフォークに刺して持ち上げる。この店では本来は箸を使って食べるのだが、サラが箸を使えなくて悪戦苦闘していたから、ちょっと申し訳ないけどフォークを使わせてもうことにした。


 ちゃんとした料理屋だと、使う道具にも拘るから箸を使ってほしかったかもしれないけど、さすがにあれでは食べるのに時間がかかりすぎるのでかわいそうだ。幸い、この店は食べ方にまで口を出さない方針のようで、私もサラも助かった。


「汁が垂れるからあまり持ち上げないでね」


「あ……うん」


 私がたしなめると、サラは持ち上げていた煮魚をパクっと口に入れた。恥ずかしそうに顔を赤くしている。


「怒ったわけじゃないよ」


 サラが思いのほかしゅんとしてしまったので、私はたいしたことではないと頭を振る。


 せっかくのおいしい料理は、やっぱり作り立ての温かい内に食べてしまうのが一番いい。煮魚は冷めてもおいしいけど、せっかくなら出来たてを味わってほしい。


「さぁ、もっと食べて食べて」


 私が促すと、サラはうれしそうな顔をして煮魚をパクパクと食べ始めた。たまに、私の前の皿にまでフォークを伸ばし甘酢炒めも一生懸命に食べている。


 もしかしたら、結構食べるかもしれないな。私は通りすがりの店員さんを捕まえて、煮魚の煮汁をかけて食べるとおいしく食べられるごはんの大盛りをひとつ注文した。


 すぐにホカホカの丼がひとつ私たちの前に運ばれてきた。


 まず私が四分の一くらいを料理の皿に取り分け、残りを丼ごとサラの前に差し出した。


「煮魚といっしょに食べてごらん?」


「いっしょに?」


 サラはフォークに煮魚を刺したまま、かわいらしく小首を傾げた。そして、私が言うまま、まずは煮魚を口に運び、続けて丼のごはんをフォークの腹に乗せて口に入れた。


 すこしモグモグと口の中でシャッフルをすると、「……!?」いきなり元々大きな目をカッと見開いた。


「どうだ、おいしいだろ?」


「……」


 お口の中がいっぱいなので、サラは目を大きくしたままコクコクと何回も頷く。空いていた左手をほっぺたにペタッと合わせた。あっ、女子がおいしいものを食べたときによくやる仕草だ。


「じゃあ、私も」


 私はサラの煮魚をちょっとだけいただき、甘酢炒めのお皿の端に乗せておいたごはんの上にちょんちょんとタッチさせた。煮魚をパクリ、続けてタレが染み込んだごはんをパクリ。うーん、やっぱりこの組み合わせは反則だなぁ。


 サラと目が合う。心の中でハイタッチ。


 なんだか誰かといっしょにごはんを食べると気持ちが繋がっていくような気がするな。久しく味わっていない感情に懐かしさを覚える。


 田舎の両親と食事をしていたときはあたりまえ過ぎて気にしたことがなかった。王都に来てからは、わりとすぐにぼっち生活になって、ひとり飯が続いた。誰かと食事をしようとも特に思わなかったが、もしかしたら相当もったいないことをしていたのかもしれない。


 ぼっちであることを自然の理とし、改善することをしてこなかった。人が私を受け入れなかったのではなくて、私が人を受け入れていなかったのだ。


今サラとともに過ごし、人といっしょにいることで感じる感情に驚いている。ひとりきりでは絶対に思わなかったことばかりだ。もし、急にサラがいなくなったら、私はまたぼっちに戻れるのだろうか?


……いや、私は変わらないといけない。


魔法使いとしての人生に失敗し、それでも私は余生を過ごせるだろう。あの夢で見たことが現実になるだけだ。


 でも私は店をあとにした。今までの自分とは変わるために。サラといっしょに前を向くために。


「ファーレン……どうしたの? こわい顔、してる」


「あ、ゴメンゴメン。ちょっと考え事してた」


「考えごと?」


「うん。これからのサラと送る生活について、ね」


「わたしとファーレンの生活?」


「そう。せっかくだから、たのしくしないとね」


「……うん!」


 サラが嬉しそうにうなずいた。気がついたら結構な量のごはんがあったはずだがもう残り少ない。


 これからもたくさんおいしい料理を食べて、私と暮らす中でサラの感情表現も豊かになっていくかもしれない。


「もっと食べる?」


「うん!」


 今までお金をあまり使わない生活を送ってきて、今日ほど感謝した日はないな。ふたり暮らしになっても充分な蓄えがあるとはいえ、それがいつまでも続く保証はない。


 でも、サラにはいい生活をさせてあげたい。衣食住に教育は問題ない。王都にいる限りはスクスクと成長できるはずだ。私が、大きなミスでもしない限りは新魔法研究所に居場所もある。大丈夫だ。


 いよいよごはんを全部平らげてもまだ物足りなさそうにソワソワするサラを見て、私は今後の決意を新たにした。


「今日のオススメの魚料理があったら、それもお願いね」

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