ある魔法使いの苦悩⑪ 王都に帰ろう

 目が覚めると、身体のあちこちがちょっと痛かった。


 荷馬車の荷台は快眠できるかといえば決してそんなことはなく、不定期に訪れていた振動にしっかりとやられていたようだ。まぁ、歩いて帰ることを思えば多少の傷みは受け入れておくのが筋だろう。


 私はさっきまで見ていた夢のことを思う。


 居酒屋『冒険者ギルド』――元冒険者たちが集まって過去の冒険を振り返る場所だったか。


 あの場所にいた私は、もしかしたら実際にそうなっていた可能性のひとつなのかもしれない。魔法使いとしての大成に夢破れ、引退して田舎でゆっくり暮らす。それはそれで平和でいい暮らしとも思える。


 でも、今はまだ未来を決定するには早い。もっと別の可能性を探りたい。


 心残りがないと言えば嘘になる。やはり、私も男だ。魔法使いとしてもっと活躍して、有名になってみたいという気持ちは否定できない。


「……ファーレン?」


 私が起きたのを感じたのか、サラが眠い目をこするようにして身体を起こした。とろんと半分閉じかけている目で私をジーッと見つめてくる。


「よく眠れたかい?」


「うん……でも、ちょっと身体が痛いかも」


「ああ、それは私もだよ」


 思わず苦笑する。


 私も疲れていてすっかり眠ってしまったが、サラのことを荷馬車じゃなくてちゃんとベッドで寝させてあげたかったな。


 そのためには私の研究室に戻る必要がある。あそこは居住も兼ねているから、普段寝泊まりをしている。ベッドはひとつしかないが、サラに使わせよう。


「さて、王都まであとどれくらいかかるかな」


 私は御者にどのくらいの距離を進んだか尋ねた。御者が言うには道程の八割ほどを進んでいるとのこと。これならそれほど時間もかからずに王都に辿り着けそうだ。


 着く頃にはすっかり夜になっていることだろう。夕飯を食べるのに、まだお店が開いているといいんだが。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 王都に辿り着く少し前で、私とサラは荷馬車を降りた。御者にここまでのお礼を言い、そこで別れた。


 このまま荷馬車に乗ったままでは王都に入れない。荷馬車に人を乗せているままでは、御者が門番に止められてしまう。


 私の身分は王都に所属しているので、別々に入ったほうが都合がいい。


 ただ、サラは私の連れとして同行するには年齢差が厳しい。身分も王都にはない。


「さて、どうしたものか。迷子を送り届けるという理由では弱いかもしれないな」


 サラの両親が王都にいるというのであれば、身分照会が可能だろう。だが、サラ自身がその可能性を否定している。それに、迷子と言ってしまうと「両親はどこにいる?」の質問が来たら答えに窮する。


 あまり下手なことは言えない。


 ここは、純粋に南の洞窟で身寄りのない子供を保護したとしてしまったほうがいいかもしれない。ほぼ真実だし、これなら身元を証明できなくてもそこまで不自然ではない。


 ただ、私が身元を引き受けることに疑問を挟まれるかもしれない。私が保護し、私が連れて帰ってきたから、身寄りがない以上は私が面倒を見るべきだ。そう言うしかない。


「よし、なんとかなりそうだ」


「だいじょうぶ……?」


「大丈夫。もし大丈夫じゃなくても、きっと大丈夫!」


「……?」


 私はサラの手を握ると、王都の門を目指した。



「止まれ」


 門を守る兵士が私たちを足止めする。


「王都の新魔法研究所に務めるファーレンだ」


「魔法の先生でしたか。そちらは?」


 厳しい表情だった門番は私の身分証明書を見てホッと安心したような顔をした。だがすぐに表情を引き締めると、サラを見咎める。


「魔法の研究に使う素材を取りに行くために、南の森の奥の洞窟に行った際に保護した。どうやら両親がいないようで身寄りがない。当面は私が預かろうと思う」


「先生が……?」


「ああ。幸い私は独り身でこの子を養う余裕はある。王都にいれば情報も集まりやすい。この子の両親を探すのにはそのほうが都合がいい」


「なるほど」


 門番は私とサラを交互に見て、手帳を取り出すと何かを書き留めた。


「わかった。先生と連れの女の子が通ることを許可しよう」


「ありがとう」


 私は門番にお礼を言うと、大きく開け放たれた王都への扉を潜り抜けた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 無事に王都に着いた私は、研究室に戻る前に食事を済ませてしまおうと考えた。


 幸い荷馬車でショートカットできたために、夜になったとはいえまだ時間はそこまで遅くない。


 しかし、サラはまだ幼いので、あまり起こしておくのも問題だろう。道程で寝ていた分を差し引いても、よくてあと二時間以内には寝させてあげたい。


「サラは、何か食べたいものある?」


「……ファーレンが好きなものがいい」


「私の? 別にサラが食べたいものでいいんだよ?」


「ううん」


 ぶんぶんと首を振り「ファーレンと同じものがいい」そう言って私の目をジーッと見つめる。


 真紅の瞳に見据えられ、私は何を食べてもらいたいかを考えた。


「じゃあ、この時間でもやっていて、おいしい魚料理が食べられるところがあるんだ。そこでいいかな?」


「うん」


 サラはニコッと笑う。随分と自然に笑顔が出るようになったものだ。思わず感心してしまう。


「それじゃ、行こうか」


 私はサラの手を握ると、魚の煮付けが絶品の和食屋に向かうことにした。このあたりではめずらしい店作りで、魚料理の主流がソテーやスープ煮が多い中、醤油と砂糖で絶妙な甘辛さで仕上げてくる。考えただけで口の中によだれが出てきてしまう。


 サラは喜んでくれるかな?


 私は右手をしっかりと握り返してくれているサラの顔を見下ろし、「きっとサラも気に入ってくれると思うよ」と笑顔を向けた。

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