ある魔法使いの苦悩⑨ 夢うつつ

 私はサラを連れ立って村の宿屋に戻ると、置かせてもらっていた荷物を回収して王都に戻ると告げた。


 宿の女将は私が無事に戻ってきたことに感激した様子だったが、いきなり子連れになっていたことにはさすがに驚きが隠せないようだった。


 体面上、迷子を拾ったことにして、王都にいる親の元に送り届けることになったと伝えた。本当のことを話したところでにわかに信じられるような話ではないし、要らない情報を拡散するのも余計なトラブルを生みかねない。


 お宝に関しては洞窟の奥で見つけたけど、中身は本当に魔物が入っていたので退治しておいたという話にしておいた。それと、洞窟内の奥に危険な亀裂があるので、多くの冒険者や村人がそこで亡くなったんじゃないかとだけ告げておいた。


 今日以降、洞窟の奥に不用意に近づく者を増やしたくないし、お宝の噂話を聞きつけてやってきた人を未然にあきらめさせることができる。現にお宝は開封状態で空箱が置かれているだけだし、危険を越えていった先がハズレでは精神的に堪える。


「今から王都に帰るのでは夜中になってしまうから、もうひと晩泊まっていったらいかがですか?」


 宿の女将は私たちにもう一泊するよう提案する。


「ありがたいお話ですが、王都への道は魔物も現れないし比較的安全です。この子を親元に少しでも早く送り届けたいので、このまま帰ることにします。それに、今だったら王都へ向かう荷馬車が来ているようなので、少しお金がかかりますが、乗せてもらうことにします」


「そうですか。そんな小さな子が半日の道程を行くのはちょっと心配だったのですが、荷馬車なら大丈夫そうですね」


「ご心配おかけしちゃいましたね。さすがに暗くなった道を歩かせるようなことはしませんよ、安心してください」


「よそのお子さんなんですから、ちゃんとエスコートしてあげてくださいね」


「肝に銘じます」



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 私とサラは荷馬車の荷台に揺れながら王都を目指している。御者には「荷物用なんだけどなぁ」とちょっと渋られたが、少なくない路銀を握らせたら文句を言うフリをしながら快く私たちを乗せてくれた。


 通常の馬車とは異なり、荷物用だけあって乗り心地は最悪に近い。荷物の隙間に適当に座り、ガタガタ揺れる車内では羽根を伸ばすことはできないが、半日また歩くことを考えたら贅沢は言っていられない。


 それにサラのこともある。


 私ひとりなら徒歩半日の道程なんかよくあることだけど、サラはまだ小さな女の子だ。無理はさせられない。


 疲れているのか、快適ではない車内でサラは目を閉じて眠ってしまったようだ。


「いっしょに帰ると言ったものの、今まで男ひとりの生活感に乏しい空間に、未来ある女の子を連れ込んでいいものだろうか?」


 自問する。


 魔法の研究開発に明け暮れる日々だ。生活に必要なものを最低限しか揃えていない。食事も外に食べに行くか、適当に買ってくるかで栄養バランスも決していいとは言えない。


 よく言って不健康、悪く言えば生命を縮め続けている生活だ。


 サラを迎えるにあたり、彼女の生活に必要なあれこれ一式を揃える必要もあるだろうし、そもそも女の子の生態に明るくない。知人に聞くも、ぼっちゆえに頼れる人がいない。


「そんなことを言っている場合じゃないな」


 今はひとりになったとはいえ、過去には私の研究室にはそれなりの人が出入りしていた。私が失敗続きで周りを巻き込むために離れてしまっただけだ。


 私が動けば、まだ何か変わるかもしれない。女性の研究者も見知らぬわけではない。疎遠になってしまったかもしれないが、まったく知らない人に聞くよりは聞きやすいかもしれない。


 いずれにせよ、この歳まで子供のひとりもいない生活を送り続けてきたのは私のせいだ。サラを思えば恥も外聞もない。王都に戻ったら、前の仲間に声をかけてみよう。


「まさか、この歳になって変わろうなんて思う日が来るなんてな」


 思わず苦笑してしまう。


 田舎を出て王都で魔法使いになり、成功が約束された未来を思っていた。だが、実際は魔法の研究開発においては特に才能がなかったようで、成功する日もあれば来る日も来る日も失敗続きだ。


 同期のある者は出世したり、ある者は冒険者として世界を巡っているとも聞く。私と同じように研究開発を続けている者もいて、汎用性の高い魔法の開発に成功して名声を得たりしている。


 私はずっとこのままだろうと覚悟しつつあった。今回、お宝の噂を聞かなければ、きっと今のような気持ちを持つこともなくただ日々を過ごしていたことだろう。


「なんだか……私も眠くなってきたな」


 サラの寝顔を見ている内に、私のまぶたも重くなってきた。


 ゆらゆらと不規則に揺れる車内でいろいろなことを考えて頭を使ったからかもしれないし、洞窟の探索に神経を使ったからかもしれない。


 そう言えば、亀裂の上を歩いた時は肝を冷やしたなぁ。


 私はまどろみながら、生きることの大切さをふと考えてしまった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「マスター、このお客さん寝ちゃってますよ」


「……ああ」


「マスター?」


「大丈夫だ。すぐに起きるし、ちゃんと戻れるさ」


「マスター、どういう……?」


「詮索はそのへんにしておけ。いいから、さっさと持ち場に戻れ。酒も料理もどんどん出すぞ!」


「はいっ、マスター!」



 私はとてもたのしそうな雰囲気だけを感じていた。


 どこかのお店だろうか?


 よほど疲れていたのかもしれない。なんだかふわふわする。


 それに、とてもいい匂いがする。


 あー、王都に戻ったらサラにおいしいものを食べさせてあげようかな。そう言えば、あの子は何か好きな食べ物はあるのかな? よく考えると、出会ったばかりで全然サラのことを知らないし、起きたら聞いてみようかな。


 私はきっと幸せそうな顔をしているんだろうな。


 頬の緩みを意識しながら――私はまた眠くなってきた。

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