ある魔法使いの苦悩⑧ これからのこと

 結局お宝の中身はサラの身体がひとつあっただけだ。


 魔法的解釈をするならば、洞窟の前で出会ったサラが精神体のサラで、宝箱の中に収められていたのが肉体のサラだ。何らかの理由で宝箱の中からサラの精神体だけが抜け出し、洞窟の入り口で私を見つけたというわけだ。


 私が選ばれた理由はわからないままだ。意味があるのかもしれないし、ないのかもしれない。


 サラの宝箱を発見した冒険者たちやそれ以前に洞窟に入った者たちが、サラの精神体に出会っていたのかもわからない。気づかなかったのかもしれないし、サラが声をかけなかったのかもしれない。


 であれば、私は選ばれたのには必然性があると考えたのだが、思い当たる節がまったくない。つい昨日まで王都で魔法開発をしていただけのしがない魔法使いが、いったい何の使命を帯びているというのか。


「どうしたの……ファーレン?」


 私の白衣の裾を掴みながらサラが私を見上げてくる。


 そのガーネットのように深い赤色の瞳を見ていると、私の中に良くわからない力のようなものが湧き上がってくるのを感じる。


「なんでもないよ」


 サラの瞳の色は黒から赤へと変わっていた。


 宝箱の中のサラと私と行動をともにしていたサラは、赤い光が収まるとひとつになっていた。宝箱の中は空になり、立っていたサラの瞳が赤く変貌していたのだ。


「わたし、ファーレンに助けてもらいたかったのかもしれない」


「私に?」


「うん……ファーレンならきっと。なんでだかはわからないけど」


「私もよくわからないけど、なんだか嬉しいなって思うよ」


 やっぱり私はサラに選ばれたのだ。こうして、サラの身体を見つけ、本当のサラを取り戻す役目を。


「サラはなんで宝箱に身体が閉じ込められたかは覚えているの?」


「ううん……わからない」


「そっか」


 首を左右に振ると、サラはもうしわけなさそうに眉毛をへの字にして困ったような顔をした。


「別にサラが悪いわけじゃないから、そんな顔しないでよ」


 私はポンッとサラの頭に右手を置いて、艶のある真っ黒な髪の毛を軽く撫でた。


 精神と肉体が一緒になったからなのか、サラの表情は前より豊富になり、言葉も多く発するようになった。あまり感情が見えず無表情が多かったために当初感じていた薄幸の美少女といった様子よりは、今のほうがやや活発になった印象を受ける。


「私の目的の魔法開発に繋がるようなお宝はなかったけど、サラ、キミに出会えたことで私の心に溜まっていた悪い感情が全部吹き飛んだよ。こちらこそ、ありがとうね」


「わたし、なんにもしてないよ?」


「いいんだよ。サラがいたから私は変わることができた気がする。これからの困難も、なんだかたいしたことがないんだなって気がして、世界が広がったような感覚なんだ」


 実際にそうだ。王都の研究室にただ籠もって魔法開発の研究を続ける道もあるが、私はそれだけじゃもうダメだということに気がついたのだ。


 ひとりで同じことを繰り返していても何も変わらない。何かを変えるには動くしかない。


「私はサラ、キミを両親の元に送り届けたら、王都に戻り魔法開発は続けようと思う。でも、それだけじゃなくて見聞を広めるために、世界を旅してみようと考えているんだ」


「……」


「世界を巡れば、新しい魔法の基礎研究に活かせる知識が得られるかもしれないし、現地でしか採れない素材とかが手に入るかもしれない。私が知らないだけど、世界にはもっと多くの魔法が溢れているんじゃないか。そう考えるだけでずいぶんワクワクするようになった。以前では考えられないことだよ」


「……ファーレン」


 私が年甲斐もなく夢を語り始めていたら、サラが遮ってきた。その顔には迷いのような表情が浮かんでいる。


 下唇を噛むようにキュッと口を引き結び何かを我慢しているようだ。


「サラ、どうしたの?」


「わたし……」


 言いかけてまた同じ表情をする。


「いいよ、言ってごらん」


「……うん」


 覚悟を決めたのか、サラは両手でキュッとワンピースの裾を掴んだ。私にしっかりと視線を向けて、ようやく続きを話し始めた。


「わたし……ファーレンといっしょにいたい」


「えっ……?」


「わたし、ファーレンといっしょにいたい」


 繰り返す。その目からは嘘や冗談を言っているような様子は微塵も感じない。


「でも、どうして? キミには両親だっているでしょ?」


「わたしには親はいない」


「いないって……」


 サラがいる以上、その両親はいるはずだ。何か親と会いたくない事情でもあるんじゃないか、ふとそんなことを思ってはたと気づく。


 そうだ。サラの身体が入っていた宝箱は魔物の反応を示していた。つまり、サラは普通の人間ではなく、誘拐とかで閉じ込められていたわけではない。それを意味しているのだ。


「サラ、キミは……何者なんだい?」


 私の目にはサラはひとりの女の子にしか見えなかった。瞳の色が変貌するということは魔物だけに起きることではない。魔力がない者が魔力を持った際に瞳や髪の色が変わるという話はわりと聞く話だ。今回のサラも、魔力を帯びたために瞳の色が変わったと言ってしまえば納得できる話だ。


「……わからない」


「そう……だよね」


 出会った時からサラは出自を語らない。語らない、ではなく語れないのだろう。本当にわからないのだ。


 仮に魔物であったとしても、それが何なのだかわからない。そもそも宝箱の鑑定で使う魔法は、中に入っているものが安全かそうじゃないか、物か生物か、入っているか入っていないかなど様々な要素を判定している。


 今回は生物だから魔物判定が出たのかもしれない。宝箱の中に人の身体が入っていることなど、そう滅多にあることじゃない。まだサラが魔物と決まったわけではない。


 人ではないかもしれないが、だからと言って魔物だと確定付けるには材料が乏しい。


「両親がいないんじゃ、両親の元に送り届けることができないね」


「うん」


「私は収入が多いほうじゃないけど、独り身だから女の子ひとり養うくらいはできる」


「うん」


「でも、魔法の研究開発しかできないような、ただのおじさんだよ?」


「うん」


「……」


「……」


 いい年をした未婚の男と幼女の組み合わせか。犯罪の匂いしかしないな。


 かと言って、私がサラを見捨てたら、この子はいったいどうなるのだろう? ……想像したくないな。


 私はガシガシと頭をかきむしると、これはそういうことなんだろう、と諦念に至った。


「サラ」


 私は何かを期待するように私に真っ赤な視線を送る少女を見つめた。その真紅の輝きの奥には、まるで私の未来が映し出されているように私じゃない誰かが写っているように感じた。


「それじゃあ、一緒に帰ろうか」


「うん!」


 まるで冬を乗り越えて今か今かと待ち構えていた美しい花が咲くように、サラの顔にパッと輝くような笑顔が浮かんだ。


 きっと私も同じような顔をしているんだろうな。

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