ある魔法使いの苦悩⑥ 空中歩行
どうなってるんだ……?
サラはそのままゆっくりとだけど、確実に何もない空間をゆっくりと”上っている”。たまに立ち止まり、キョロキョロと足元を見てから、やがてまた歩き出す。
この歩き方は……もしかして!
「サラ、足場があるんだな?」
「……うん」
サラはこちらを振り返って返事をした。そのままジーッと私の顔を見ている。
まさか――
「もしかして、付いて来いと?」
「……うん」
やっぱりか!
いや、しかし……さすがに私ではその足場というものがわからない。サラと同じ場所を歩けばいいんだろうけど、すでにどこを通ったかは覚えていない。
「だいじょうぶ。良く……見て」
「良く見ろって言っても……」
私はさすがに足元の亀裂の底に落ちていくのは怖い。もし、足場なんてなくて、サラだけが何か特殊な能力で落ちないだけ……という可能性もある。私が同じように歩いても、落ちない保証はどこにもない。
恐る恐る亀裂の端っこギリギリまで来て、内心かなりビビりながら足元を確かめる。
「やっぱり足場なんて……!!」
足場なんてない、そう言おうと思った私だったが、それを見て自分の目を疑う。
真っ暗だと思っていた亀裂の上に――”サラの足跡”がある。正しくは足跡じゃないのかもしれない。ただ、暗闇に浮かぶように、サラの小さな足と同じくらいの大きさの火がチロチロと揺らめいていた。
あまりの儚さにすぐにでも消えてしまいそうだ。良く見れば、サラに近いほど火の勢いがある。私のほうにあるものはすでにかなり勢いが弱まっている。
しかし、これでサラが通った見えない道がわかる。やはり私には何も見えないが、そこを通れば先へ進めるということだ。
ここはもう――サラを信用するかしないかだ。
「……」
ちょっとだけ先に進んだサラがまたこちらを振り返っている。その瞳は私を試すようにジーッと見つめている。
ゴクリ――こんなに喉が乾いていたっけ。私は、もう覚悟を決めるしかないと悟る。
たとえここでサラを信用せずに引き返したとしてどうする? こんな小さな女の子を置き去りにするというのか? 村にも寄らずおめおめと王都に引き返し、いつもどおり”うまくいかない”魔法の開発を続けるというのか? それで良いのか? 本当にいいのか?
――違うだろう!
そうだ、それじゃダメだ! それでは今までと何も変わらない。
誰も何も言わない。だからって、それでいいなんてことはない。絶対にない!
みんな私に関心がないだけだ。いてもいなくても一緒。もうそういう次元に来ているんだ。
だから私はぼっちなんだ。中途半端に魔法開発を続け、いつも失敗している。うまくいくほうが少ないとはいえ、さすがに失敗しすぎだ。
今は良くても、いつ私が不要と言われてもおかしくない。いつまでも今の座があるなんて思い上がるな!
覚悟を決めるときだ――そうだろう、ファーレンよ!
「サラ、すぐに追いつくからな。あまり先に行かないで待っててくれよ」
「……うん。わかった」
なんとなくサラが笑顔を浮かべていたように見えた。気のせいかもしれないが、私の心の中にパッと優しい気持ちの火が灯ったような感覚を受けた。
出会ったばかりだけど、この子を信じてみよう。
私は、もうほとんど消えかけているサラの足跡に向けて一歩足を踏み出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「すごいな……」
私はもう驚愕する以外に術を持っていない。
サラの足跡ピッタリというわけではないが、ちゃんと見えない足場がある。魔法を使う身としては、これが魔法によるものであることはなんとなく分かるが、仕組みはまるで見えない。
そもそも単純な魔法によるトラップの類であれば、冒険者に魔法使いやサーチャーがいれば発見することが可能なはず。
私もそれなりに経験は積んでいるので、意識せずとも常駐能力で魔力検知は充分可能だ。だが、それには何も引っかかってこなかった。つまり、常時発動している見えない床、という魔法トラップではないということだ。
私の経験と直感を信じるならば、この床は”存在していない”はずだ。
実際に踏んでいる感触はあるし、大の大人の私が乗っても割れも沈みもしないのだから相当頑丈なのだろう。
それでもこの床はここに存在しているものではない。
もっと正しく言うと、サラが踏んだからここに出現している――私はそう直感した。
「そうなると、サラがいない限り、ここは通るには長い時間をかけて足場を構築するしかないな」
「……?」
「あ、ゴメン。なんでもない」
思わず声に出してしまっていた。良く聞こえなかったのか、サラが首を傾げている。
私ひとりでこの洞窟に来ていたら、この亀裂を越えられずに何も得るものもなく王都へと帰っていたことだろう。
サラに会えたことに感謝するとともに、この偶然は本当に偶然なのか疑問を感じていた。
私が洞窟に入らなかった昨日はサラはいなかった。一夜明けて、再び洞窟に訪れた時にサラと出会った。まるで私が洞窟に入るその日を待っていたかのようにそこに現れ、私が中に連れて行くしかない状況が作られていた。
偶然の一致。
そんな言葉で簡単に片付けるには私の年齢はもう若くはない。不自然な偶然を装った必然。私はこの出会いを何らかの運命によるものだと思うことにした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
サラが待つ”高台”にようやく辿り着くと、私は緊張していたのかふぅーっと大きく息を吐いた。そして、今度は胸いっぱいに大きく息を吸う。
いくらサラを信用したとはいえ、何もない足場をかなりの距離歩くというのはさすがに心臓に悪い。よく渡り切ったと自分で自分を褒めたい。
サラは平然としたもので、深呼吸をする私を真似している。私はサラを見下ろし、はにかんだ笑顔を向けた。
私に触発されたのか、サラも笑おうとしたようだ。でもどうにもうまくいかない。人差し指と親指で、自分の口の両端をキュッとつまみ上げる。
「いい笑顔だね」
サラが指を離すと唇がぷるんと戻ってしまう。何か納得できなかったのか、また同じように笑顔を作る。
私は急に愛おしくなり、サラの頭に手を置いてその頭を軽く撫でた。
サラは急に頭を撫でられたことに驚いたのか、笑顔を使っていた指を顔から離し、見えない頭の上を見ようとしながら私の手を掴もうとして――やめた。目をつむって撫でられるに身を任せることにしたようだ。
しばらくそうしていると、やがてサラが目を開けてこちらをジーッと見つめてきた。
「どうしたの?」
私は首を傾げた。
「……ううん」
サラは珍しく恥ずかしそうにうつむいた。そして、再び顔を上げると――
「いい笑顔だね」
口元に柔らかな笑みを浮かべていた。
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