ある魔法使いの苦悩⑤ 裂け目の向こうに
ふたつ目の大きなフロアを抜けると、そこにはなだらかな坂道となっていた。
この洞窟は一階層ではなく、二階層以上あるようだ。
「しかし、宝箱どころか魔物の一体もいないな」
私は坂道を下りながら左右の壁を何となく見ていた。人工的ではなく自然にできあがった通路なのだろう、いびつな石同士がしっかりと結合してゴツゴツとした造りをしている。
この洞窟は事前に噂されていた恐ろしいものとは様相が異なり、普通に若者の肝試しに使えるくらい、ただ暗くてちょっとジメッとしているだけの、難易度の低いダンジョンのように感じている。
魔物がいれば攻略難易度は極端に上げざるを得なくなるが、ただ深くて長いだけなら素人が深くまで立ち入ることのないように規制する程度で済むはずだ。そもそも王都から半日くらいの距離とはいえ、村の傍の森にあるポツンとした洞窟をわざわざ管理しているとは思えない。
冒険者が訪れたということは、以前は何らかの問題があったのかもしれないが、その後放置されているところを見ると特別大きな問題はなかったということだ。
ちょっと肩透かしを食らったような気分だが、危険な目に遭うよりはよっぽどマシだ。
下り坂はかなり長く、途中で緩やかにカーブしていた。感覚的に、ちょうど階段で言えば踊り場を過ぎたように進行方向が真逆になったようだ。
この感じから、この洞窟の造りはもしかしたら大きな空洞となるひとつかふたつのフロアがあり、一番端にひとつ下の階に繋がる坂道があるんじゃないだろうかと予測できる。
それが二階層で終わるのか、三階層以上続くのかがまだわからないだけだ。
「ん……」
ちょうど二階層目に到達したくらいで、サラが私の手をくっくっと軽く引いた。
「どうしたの?」
「……あれ」
「あれ?」
サラがどこかを指差している。二階層目はさらにヒカリゴケが少なく、かなり視界が悪い。こんな中、サラはいったい何を見つけたというのだろう?
「ちょっと待ってて」
私はカバンを降ろすと、中から簡易的な照明装置を取り出した。ひとつかみほどの太さのガラスの筒の中心に宝石がひとつだけ備え付けられていて、その筒の上下をしっかりと挟み込んだ軽量の金属に取っ手がついているものだ。
軽く念じるように手をかざすと、中心の宝石が真っ赤に色づく。すぐにガラスの筒全体がそこそこの光量を発し始める。薄暗かったフロアに私たちを中心とした光の輪が拡がる。
「キレイ……」
サラが照明装置を興味深そうに覗き込んでいる。
明かりに顔を照らされているその様子を見ていると、サラの体が光っていることをすっかり忘れてしまいそうだ。
「この照明は火の魔法を使ってるんだよ。真ん中の宝石が火の力を帯びるとこんな風に明るい照明になるんだ。冒険者なら必携のアイテムだけど、普通に松明を使う人たちもまだそれなりにいるけどね」
「……?」
私はついうんちくを語ってしまった。魔法とか魔法の道具とかの話になるとちょっと饒舌になってしまうのは悪い癖だ。まだ私がぼっちじゃない頃は、一緒に魔法の開発をしていたメンバーにウザがられたっけな。
「ゴメンゴメン。まぁ、とにかくこういう便利な道具があるってこと」
「うん」
サラはまだ照明装置が気になって仕方がないようだ。ただ、それだと先に進めないし、さっきサラが指差していたのが何だったのかも気になる。
「ところで、サラはさっき何を指差ししていたの?」
「……?」
照明装置をツンツンとつついていたサラは首を傾げた。すぐに何かを思い出したのか、ハッとしたような顔をすると、改めて先ほど示していたであろう方向を再度指差した。
「あっち」
それだけしかヒントをくれない。
洞窟の入り口で出会った謎を抱えたままのサラが、入り口以来二度目となる示唆。これは何かあるのは間違いない。私の中の何かがそう予感させる。
今回の私の目的を思えば、サラの指差した先に噂のお宝があることを期待したくなる。ゴクリ――思わず唾を飲み込む。
明かりを手に入れたとはいえ、サラの指差す方向はまだ状況が良く掴めない。明るくなったところで遠すぎて良くわからないままだ。
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
私はサラの手を引き、サラの指差した方向へ歩を進めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
二階層目は一階層目とは異なり、フロアがもっと細かく分けられていた。サラが指差した先へはそのままでは行くことができず、いくつかの小さなフロアを進んだ。
すると比較的大きなフロアに出たが、行く先が大きな壁に阻まれている。ただ、今回は一本道ではなくその壁を迂回するように左右に道が存在していた。
右も左もその先はそれぞれ同じ方向への曲がり角になっているようだ。どちらを進んでも同じところに行き着く可能性もある。
いずれにせよ、サラが何かを示唆しているところに行くにはこの先に進むしかない。どちらを選ぶにもどちらが正しい道かなんて何の根拠もないので、右にいるサラが自然と私の後ろになるように左手の道を進むことにした。
壁を迂回するように道を進むと、すぐにこの洞窟が危険なものであるという噂がどうして生じたのかがわかってしまった。
大きな裂け目。
フロアをまっぷたつに分かつほどの亀裂が私達を足止めした。
「危ないな……」
私はソロソロと亀裂がどの程度のものかを測るために近づいていく。危ないのでサラの手を離し、その場に留まっておくように言い置く。
手を伸ばして簡易照明がなるべく遠くを照らせるようにしておく。うっかり足を滑らせたり、脆くなっている床を踏み崩したくはない。
そして、明かりが届いた亀裂の先にあまり見たくないものが見えてしまった。
――白骨や、まだそんなに時間が経っていないような人だったモノ。
恐らく興味本位で近づいた村人や旅人、お宝の噂を聞きつけるも無謀にも亀裂を越えようとして失敗した冒険者もいたことだろう。
私は三歩あとずさり、両目を閉じて無念な最期を遂げた者たちに祈りを捧げた。しばらくそうしていると、ちょこちょこと近づいてきたであろうサラが、私の白衣の裾を掴んできた。ふと横に目をやると同じように目を閉じていた。
優しいんだな、きっと。
よくわからないで真似しただけかもしれないが、何となく私はうれしくなった。悲惨なシーンを目撃したばかりとはいえ、私は彼らのようになるわけにはいかない。サラも守らなきゃいけない。
「しかし、困ったな……」
宿の女将が言っていた冒険者たちはこの裂け目をどうクリアしたのだろうか? それともクリアはせずに引き返したのだろうか?
もしそうなら、彼らが言っていた取れなかったお宝というのは意外とこの近くにあるのかもしれない。
俄然興味が沸いた私は、裂け目を回避する方法があるんじゃないかあたりを探ってみることにした。
まずあるとすれば、壁を迂回した道か。左手から回ってきたが、右手はここではなく別な場所に続いている可能性もある。
私はサラの手を引くと、来た道とは逆の左手の道――さっき選ばなかった右手の道の先かもしれない――を確認することにした。
案の定というか、道を進んだら先はさっきのフロアだ。結局元の場所に戻って来てしまった。つまり、右を行こうが左を行こうが変わらず、この大きな裂け目を越えない限りこの洞窟はこれ以上先へは進めないということだ。
ということは、やはりこのあたりにお宝があると考えて間違いない。いよいよサラの指差した先にこそそのお宝があるんじゃないかということが確信めいてきた。
なぜサラがお宝があるだろう場所を指差したのかはわからないままだが、お宝を見つけ出せばその答えが出るかもしれない。
「サラ、キミが指差していた場所って、この亀裂の先?」
「うん」
そう言って、亀裂の先を指差す。
断層のズレなのか、亀裂を挟んでこちら側と向こう側では高さが違う。奥のほうがちょっと位置が高いので先の様子が見えない。
幾人もがお宝を目指したものの果たせなかったのは、高さの差による視界不良が大きく影響したのかもしれない。
もちろんそれは私たちにとっても大きな障害として行く手を遮ることになる。
ロープを引っ掛けるにも引っ掛ける先がないし、そもそも斜め上方へのロープの投擲はレンジャーでもない限りかなり難しい。一介の魔法使いにやれというのは土台無理な話だ。
なら両側の壁を伝って越えていくか?
それもレンジャーでもない限り難しい。アウトドアに突出した能力を持つ彼らだったら、あるいはこの困難はイージーゲームなのかもしれないが。
これはちょっと途方に暮れるしかないぞ。
「あの奥に……見える?」
私が顎に手を添えてうんうんと考え込んでいると、サラが私に声をかけてきた。
「ん? 見えるって、何が?」
「あっち」
サラが指差したのは高台の位置よりももっと上。だいぶ高いところだが、そこにはたしかにポッカリとした穴のような空間が見えなくもないような。
よーく目を凝らしていたら、完全には見えないが鈍色の箱のようなものがチラッと見えたような気がした。
「もしかして、あの箱のようなもの?」
「そう」
うなずくと、不意にサラが私の白衣の裾から手を離すとスタスタと歩き始めて行くではないか!
「ちょ! サラ、危ないよ!」
「ファーレン……ついてきて」
「え? 付いて行くって言っても」
私が困惑している間もサラはどんどんと進んで行ってしまう。いよいよ亀裂の端まで到達してしまった。
このままだとサラが足を滑らせてしまうかもしれない。私は焦り、サラの元に小走りで近づく。
するとサラは、亀裂に落ちるか落ちないか際どいところをウロウロし始めた。やがて、私の見ている目の前で、亀裂に足を踏み入れようとして――
「サラ!!」
私が叫んだものの間に合わない。サラの足が何もない空間へと一歩踏み出してしまった。
「……!?」
私はサラが奈落に落ちて行ってしまうのではないかと思って顔を背けそうになった。しかし、サラはそのまま何事もなく――空中に浮かんでいた。
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