ある魔法使いの苦悩② いざ南の洞窟に行ってみたものの
そんなこんなで私はチキンソテーでちょっとお腹いっぱいに感じながらも、装備を軽く整えるためにラボに戻って準備をすることにした。
さすがにソロプレイでのダンジョン潜りは、危険がないわけではない。子供や戦闘に慣れていない町の人がうっかり迷い込んでそのまま戻ってこないとか、無残な姿で発見されるという話は決して聞かない話ではない。
だから、戦闘にある程度自信のある者か、ただの無謀者のいずれかくらいしかダンジョンに潜ったりはしないものだ。
そして私はどちらかというと戦闘に自信のある者の類となる。そりゃあ、魔法使いをうん十年やってれば、多少の魔物などおちゃのこさいさいさ。得意の火の魔法と風の魔法で簡単に撃退できる。
とはいえ、もし魔法が効かない敵がいた場合にとてもマズイことになる。所詮私は魔法使いだ。物理攻撃力はもうそれはそれはショボいもので、低級の魔物と切った張ったを演じるくらいだ。余裕? そんなものはない。
加えて物理防御も紙装甲と言われる始末。軽くて耐久の低いものしか装備できないから、打たれ弱さには定評がある。
そんなソロプレイに絶対向いていないけどぼっちな私は、やっぱりひとりで行くしかないので事前に入念な準備が欠かせない。特に持ち物には絶対気を抜くことは許されない。気を抜いたら、ダンジョンから帰れなくなって干からびて死んでしまうかもしれない。さすがに実家の両親にその訃報を届けるのはイヤだ。
私は念には念を入れ、通常のダンジョン攻略に必要なものを全部持って行くことにした。あまり持って行くと今度は重すぎて敏捷値が大変なことになって走れない、逃げれない、そもそも進むことだけに体力を使いすぎて途中でへばってしまう。なので、自ずと積載量の限界も決まる。
もし無限の体力があったら、この十倍くらいは持参したいくらいだ。ソロプレイを長く続けていると、危ない局面が結構ある。そのときに持ち物に救われたことは数多い。だからこその大量持ち込みなのだが、戦士やドワーフが仲間にいないとそれは叶わない。あの人たちのパワフルさにはホント感謝しかない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
さて、南の森の洞窟――とか、さも近いようにあの若者が言っていたので油断していたが、どえらく遠い場所にあったから行くだけで半日近かった。
まさか到着が夜目前の夕方になるとはねぇ。
「さすがに夜の洞窟にひとりで行くのは無謀すぎるなぁ」
私はどうしたもんかと考える。
王都から半日ほどの距離にあったこの洞窟はまるで先の見通せない闇をはらんで佇んでいる。
うぅ、入りたくない……
せっかくすぐに準備を終えて出てきたはいいが、さすがに今回はあきらめることにしよう。王都に戻るのも面倒なので、近くに村があったはずだから、今夜はそこで宿を貸してもらえないか聞いてみることにしよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「こんばんわー」
「おや? 宿泊者とはめずらしいですね」
まさに宿屋という建物を発見できたので、私は意を決して――ぼっちには他人に声をかけるのは勇気がいる――扉を開けると中に声をかけてみた。
すぐに反応があって良かったが、予想外に近いところからだったのでちょっと心臓が喉から飛び出しかけたのはヒミツだ。
「私、普段は王都にいるんですが、すぐそこの洞窟に行こうとしたら夜になっちゃって」
「おや! あの洞窟に行かれるんですか……」
えっ、なにその反応……
「噂は王都まで届いていませんか?」
「噂? ああ、若い人がお宝があるっていう話をしていましたが?」
「あぁ、やっぱり……」
だからその反応いちいち気になるんですけど!
「……何か、あるのですか?」
「いえ。そういうわけではないのですが」
歯切れが悪い。気になる気になる!
「……今から行かれるお客様にこんなことを言うのもはばかられるんですが」
「ちょっと気になるんで言ってもらえません!?」
「あのぉ、結構な方がですね……帰ってこないんですよ」
うわぁーーー! 私、ヤバいダンジョンに行こうとしているのかもしれない!
どうしよう? やめるやめない? うーん……
「帰ってこない……というのは?」
「行ったきり行方不明ということです」
ですよねぇー!
「行方不明ですか……それはそれは」
冷静なふりをするので精一杯だよ! 行方不明続出って、絶対ヤバイやつだ。間違いない!
「お宝があるというのは本当のようなのですが、さすがに……」
「えっ?」
お宝はあるの?
「冒険者の方が以前潜ったときに取れない場所に宝箱があったという土産話をされていまして。見逃すのも悔しいから宝箱の中身の種類がわかる魔法をかけたら、魔物の反応が出たんですって。だからそのまま無視してきたという話でした。盗賊の方はそれでも絶対に取りたかったようですが、入っているのが魔物……ですからね」
魔物が擬態した宝箱は冒険者を欺く有名なトラップだ。宝箱がそのまま魔物である場合や、宝箱の中に魔物が潜んでいる場合もある。酷いのだと宝箱が魔物の一部で、近づいてきた冒険者をそのまま丸呑みするという恐怖の存在もいたりする。
冒険者が宝箱に目がないのに気がついた魔物の進化の賜物だが、ホント魔物は魔物で大変なんだろうなぁ。
「ちょっと気になる話ですね。でも、それじゃ私も取ることができないか」
「そうですよね。すみません、変な話ばかりしてしまって」
「いえいえ、お構いなく」
「あまりこの村に来られる方は少なくて、噂ばかりが流れてくるものですから。つい怖がらせることばかり話してしまってごめんなさいね」
いや、実際あなたがたくさん足止めを決意させるのに充分な話をするものだから、正直私はこの村から回れ右で王都に帰ろうと思っているところです。
とはいえ、それではまた失敗続きの魔法開発の日々が続くだけだ。
行くか行かぬか……ぐぬぬ……
「とりあえず、疲れているところ立ち話ばかりでももうしわけないので、お夕飯を用意しますので、その間にまずは荷物を置いてこられてはいかがですか?」
「ありがたくそうさせてもらいます」
私は、今日のお部屋はこちらです、と案内された部屋に入ると、まずはたくさんのアイテムが入った大きなカバンをズンっと床に置いた。ちょっと重すぎたかも。
この部屋は畳敷きのめずらしい作りの部屋だ。王都はいわゆる洋風の造りなので、この和風の造りはどこか懐かしい。私の田舎もこんな感じだったなぁ。
とてもいい香りがするので、ちょっとゆっくりしただけですぐに気持ちが落ち着いていくのがわかった。
「まぁ、とりあえず行くかどうかは明日の朝の気持ち次第ということにしておくか」
私はひとりごつと、トントンという包丁とまな板が奏でるメロディーを聞き、ジューッという音を立てたフライパンと具材のダンスを眺め、どんな夕飯を食べることができるのかを、それはとてもとてもたのしみに待つのだった。
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