ある魔法使いの苦悩③ 迷子の少女?
鶏の鳴き声で起きるのなんて、ものすごくひさびさな気がする。
結局夕飯をおいしくいただいて、部屋に戻るやいなや私はあっさりと夢の世界に誘われてしまった。さすがに半日歩いたあとでは疲れも溜まっていたし、おなかもいっぱいで、お風呂も気持ち良くって寝るなっていうほうがムリ。
「ひと晩寝たらだいぶスッキリしたな」
たしかに今日の目覚めはとても良い。外は快晴。風も強くはなさそうだ。
昨日は洞窟に関しての変な話を聞いたためにちょっとビビってしまったが、疲れもあって過剰に反応してしまったかもしれない。
私だってまかりなりにも魔法使いであり、準備も万端でここまで来たのだから、何もせず回れ右というのはあまりにも芸がない。誰に何を言われるわけでもないが、このままじゃ自分が消化不良になりそうだ。
となれば、もうこれは行くしかないだろう。
「せっかくだから、私がお宝を手に入れてしまえないか、見るだけ見てみよう」
そうと決まれば話が早い。
私は寝間着から冒険装束に着替えることにした。魔法使いといえど、私のスタイルは基本的に魔法開発の研究者だ。普段着に白衣を羽織るだけの簡単な衣装が私の戦闘着でもある。
この軽装が原因で、私の防御は紙装甲なのだが。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
宿の女将が用意してくれていた新鮮な焼き魚が絶品だった朝食を食べ終わると、私はすぐに出立の意思を伝えて代金を支払った。
丁寧にもお昼ご飯としておにぎりを用意してくれていた。私が洞窟に向かうことをなんとなく察してくれていたのかも。昨日は結構ビビっていたけど、外面に出さなかったことが功を奏したのかもしれない。
目的の洞窟は、昨日は入り口が深淵に飲み込まれそうな雰囲気を醸し出していたが、天気のいい今日はそんな様子を感じることがなかった。
一日探索を遅らせたことは正解だ。ナイス、私。
「あまり苦難に遭いませんように」
私は軽くお願いをして、「よしっ!」と気合いを入れてダンジョン探索をしようと足を踏み出してすぐに違和感に襲われた。
……視線?
そう。どこかから視線を感じる。
ここに来るまでには人に会わなかったし、見た感じどこにも誰もいない。
「気のせい……かな?」
せっかく気合いを入れたのに、まったく入らない内に萎えさせるのはやめてほしい。
念の為、もう一度周りを見てみるが、やはり何も動きがない。私は首を傾げるしかなかった。
気を取り直してリュックにもなるカバンを背負うと、今度こそ一歩踏み出そうとして――
「えっ! えっ!?」
ちょっと混乱する。
あきらかに”背中を引っ張られている”感覚がある。
「なになになに!?」
周りを見回すがやはり何もない。でも背中……というか、やっぱり白衣が引っ張られている。
「……」
「ひえぇーー!!」
下の方からボソボソっと急に何か聞こえてきた。
私は思わずビクッと飛び上がってしまいそうになったが、白衣を掴まれているのでそうはらならなかった。
周りを見ても何もいないはずだ。だって、私の目の高さよりもはるか下の方に、私の白衣を掴んでいる女の子がいるんだから。
「……」
「……」
ちょっとした恐怖に支配されかけているが、なんとか我慢だ。
私とその少女はガッツリと目が合っている。
少女はじーっと私を見つめている。右手で私の白衣の裾をガシッと掴んでいるので、白衣を脱ぎ捨てない限りは私も動くことができない。いや、無理に動けば少女を引きずりながら歩くことは可能かもしれないが。
「……お嬢ちゃん、どうしたの? 迷子かなぁ?」
「……」
返事してぇー!! 無言が一番怖いんだけど!?
「ハハハ……私、今からこの洞窟に入るので、手を離してもらえないかなぁ?」
私は動揺を少しでも隠してみたが、こめかみにツーっと汗をひと筋だけ垂れてきた。
「……って」
「えっ? 何か言った?」
「……連れてって」
ようやく意思の疎通ができそうだ!
少女があまりにも何も言わないので不気味に感じ始めていたが、声を聞けば結構かわいらしいじゃないか。
きっと親とはぐれてしまったんじゃないかな。こんな森の中でひとりでいれば、そりゃ不安にもなるだろうし。
「……?」
少女は私をじーっと見て、ちょっとだけ首を傾げている。
「洞窟に入ろうと思っていたけど、お嬢ちゃんのご両親を探すのを手伝ってあげようか?」
私は少女に提案する。さすがにここに置き去りはちょっとかわいそうだ。
「……ううん」
少女は軽く首を左右に振った。そして、またジーッと私の顔を見上げてくる。
「んん? お嬢ちゃん、迷子じゃないの?」
「迷子……?」
「そう迷子。お父さんとかお母さんと離れ離れになっちゃったんでしょ?」
「迷子……?」
おや? 会話が怪しくなってきたぞ。まだ小さな女の子だ、あまり難しい話は通じないとは思うけど、迷子もダメなのか。
「わたし……迷子じゃない」
あっ、通じてた。えっ、でも迷子じゃないならなんなんだ?
「うーん……お嬢ちゃんが迷子じゃないなら、どこに連れて行けばいいのかな?」
私は少女の言わんとしていることがよくわからなかったので、一度腰を落とし少女と目の高さを合わせた。
「この近くの村? それとも王都? あっ、王都ってわかる?」
ブンブンと少女は首を振った。
しまった。質問を重ねたから、これじゃどれの否定かわからない。
「……」
少女は私の目をジーッと見つめてから、フッと視線を外した。
その目を洞窟の入り口を見ていて、白衣を掴んでいない左手をスッと伸ばすと人差し指で洞窟の入り口を指し示した。
「あっち」
「あっちって……洞窟ってこと?」
「……」
コクン、と少女はうなずいた。
えっ、どういうこと? この子は洞窟に行きたいってこと!?
「ここは危ないから、お嬢ちゃんはご両親のところに帰ったほうがいいよ」
「……」
ブンブンと首を振る。そして、私の目をジーッと見つめてくる。
「まさか、ね」
私はもう覚悟を決めるしかないのかもしれない。
少女は白衣を離してくれないし、洞窟に入りたいと言う。私も目的地は洞窟だし、この子の両親を探すにも手がかりがまるでない。
だが、私はただの魔法使いだ。人をひとりかばいながら戦うのは騎士の役目だろう。私には荷が勝ちすぎる。
とはいえ、ここでずっと答えの出ない迷いをしている場合でもない。今はまだ朝だからいいけど、いつか日が暮れてしまう。
「危ないよ?」
「……うん」
ここは肯定するのか。
さて、もう無理か。あきらめるか。
……でも、本当にいいのか?
私は最後に一回だけ考えることにした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
――よし、決めた!
「お嬢ちゃん、危なくなったら絶対に私のうしろに隠れるんだよ? いい?」
「……うん」
あの噂から危険ではないと言い切ることができないが、ここに置いていくほうがもっと危険だ。覚悟を決めて、いっしょに連れて行くことにしよう。
少女がなぜこの洞窟に入りたがるのかはまだわからない。そして、そのパートナーに私を選んだ理由はもっとわからない。
ぼっちの自分が少女とコミュニケーションをちゃんと取れるかは自信がまったくないが、少女の口数は少なそうだし、無理に会話をしようと思わなければなんとかなるだろう。
いざとなったらダンジョン攻略をあきらめて逃げ帰ればいいし、もし本当にここが危険な場所なのであれば、少女の身の安全を最優先することにしよう。
お宝を目的とした私の冒険に、期せずして見知らぬ少女がついてくることになった。
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