ある魔法使いの苦悩(前編)

ある魔法使いの苦悩① 魔法の研究開発がうまくいかない

「……また失敗か」


 かれこれ二十回は同じことを繰り返してしまった。


 実際は同じじゃないんだけど、傍から見れば大差ない失敗のオンパレードだろう。


「なんでかなぁ。魔法元素は合っているはずだし、素材も確実に適合しているものを仕入れたし。うーん……もしかして、この魔導書に誤記でもあるのかも……って、そんなわけないか」


 とは言いつつも、私は魔導書のページをパラパラめくり”この魔導書に原因がないか”を探し始めていた。


 魔法の研究は一朝一夕にいかないとはいえ、もう同じ失敗を何度繰り返しているんだろう……


「魔導書のせいじゃないか……はぁ、そりゃそうだよなぁ」


 ポイッと魔導書を背中側に放り投げた。


 もう、やめよう。



 ここは私のラボの中だ。


 王都に勤めている私は、新魔法研究所に所属しているしがない魔法使いだ。過去にはたくさんの名魔法使いを排出したこの研究所の噂はど田舎の私の村にまで伝わっていて、子供の頃から憧れていて一生懸命に勉強をして、ようやく入ることができたときには実家の両親に泣きながら報告をしたものだ。


 それからもうどれくらいの季節が巡ったことやら……


 若き頃の勢い溢れる情熱はどこへやら、私はうまく魔法を生み出すことのできないことに激しい劣等感がある。まるで落第生のような扱いを受けているという、もはや被害妄想じみた感覚が消せない。


 実際、だれも私を責めたりはしない。魔法の研究は一部の天才を除いては試行錯誤の連続だ。ときに大きな失敗により悲劇に見舞われ、ときに生命を落としてしまう者さえいるほどだ。


 魔法を生み出すには膨大な魔力が必要であり、通常三名から七名ほどのチームを組んで開発に当たる。


 だが、私は常にソロモードだ。なぜなら、私と一緒にいるとほぼ魔法の開発に成功することがないからだ。そんなわけで、ひとりまたひとりと私と研究を共にしようという者はいなくなり――ついにひとりになった。


 そうさ、完全にぼっちだよ!


「ぼっちだって魔法の研究は問題なく続けられる。そう、大丈夫だ」


 自分に言い聞かせるようにしながら私は魔法の研究を続ける。


 ……そして、また失敗をする。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「そういえば、『冒険者ギルド』っていう名前の居酒屋があるって聞いたんだけど、おまえ聞いたことある?」


「ないなぁ。ずいぶん特徴的な名前だから聞いたら覚えていると思うけど」


「おまえもか。俺もないんだよなぁ。噂だけが先行していて、実際に見たって奴に会ったことがないんだよなぁ。本当にあるのかな?」


「さぁな」


 居酒屋『冒険者ギルド』? 私も聞いたことはないな。


 ちなみに今のは隣の若者たちの会話だ。私に会話相手がいるわけがない。ぼっちだからな。


「一度行ってみようかなぁーって思ってたんだけど、噂だと現役を引退して元冒険者たちが集まってるって話なんだよなぁ」


「なんだそれ!? じいさんやばあさんしかいないってことかよ! 行きたくねー!」


「だよなぁー!!」


 わっはっはっ、若者たちはツボにはまったのか大笑いしている。


 元冒険者たちの集まる居酒屋かぁ。そんな場所が本当にあるのなら、もしかしたら偉大な魔法使いとかがいて、私に魔法開発のコツとかを教えてもらえたりする可能性もあるかもしれないな。


 ……なんて、ちょっとそれは都合が良すぎるか、さすがに。


 頼んでいたチキンソテーが私の元に運ばれてきた。


 さすがに年齢を重ねるにつれて、ヘビーな油ものや肉が体に響いてくるようになった。その点ではチキンは安心だ。私はあえて安い鶏肉料理を選ぶことで、使われる部位が胸肉となるように調整し、おいしいものを食べながらヘルシーさにも気をつけるという芸当をこなしている。


 これも歳のなせるワザだ。


 鶏胸肉のチキンソテー。調理過程で脂が充分に落ちているはずだが、調理人の巧みな技術により胸肉にも関わらずパッサリとせず、柔らかさと軽さを両立させた至高の逸品だ。


 このクオリティでとても安いので、私はこの定食屋を重宝している。


「いただきます」


 私は両手を揃えて生命をいただく感謝の言葉を述べると、目の前でおいしそうな湯気をほとばしらせているチキンソテーにフォークを当て、ナイフを入れた。


 胸肉にあるまじき弾力に至福を感じる。


「そう言えばさぁ、おまえあそこに行ったことある?」


「あそこってどこのこと?」


「南の森の奥に洞窟があるじゃん? あそこに結構貴重なお宝があるって話があってさ」


「マジで!? なにそれ、行きたい行きたい!」


「ちょっと待てよ。そんなに美味い話じゃないんだよ」


「えっ、なになに? だってお宝だろ?」


「お宝はお宝なんだけど、そいつ自体が魔物だって話なんだよ」


「えー……なんだよそれ、取りに行くの命懸けになるの?」


「戻ってきた奴はいないって話だぜ」


「なんだよそれ。どうやってその話が噂になるんだよ?」


「だから良くわからないんだよ。全員が全員行方不明になったってわけじゃないんだろ? だからおまえが行ったことがあるかどうか聞きたかったってわけさ」


「そっか……ちょっと不気味だな。俺は行ったことないし、そんな話を聞いたらなんか行く気もなくなったよ」


「だよな。俺もおまえが行ったことがあるなら案内してもらおうかとも思ってたけど、ひとりじゃ行きたくねーし、他の奴らもどうせ同じこと言うだろうからなぁ。戻って来られない可能性もちょっとなぁ……」


「そう言えばあいつは? なんか冒険者目指しているとか言ってた奴いたよな?」


「あー、あいつかぁ。どうだろうなぁ? 俺、あんまり仲良くないから」


「そっか。まぁ、俺ら凡人には縁がなかったってことかもな」


「そうかもしんないな。あっ、ここのラーメン熱い内に食ったほうがいいぜ?」


「おまえが話しかけてきて邪魔したんじゃねーか!」


「ゴメンゴメン。じゃあ、まずは食おっか」


 ――なんだこの軽い会話は!?


 私は、ふはぁーーーっ、と長い溜息を思わず心の中だけで吐き出した。


 結局なに? この会話の決着ポイントどこ?


 南の森に洞窟があって、その洞窟にはお宝がある。だがそのお宝の正体は魔物だった――


 んんん!?


 これはわりといい話のネタじゃないか? 行き詰まっている今なら行ってみる価値があるかも。


「南の森の洞窟か……」


 つい言葉に漏らしてしまってから、私はキョロキョロを周りを見回した。特に隣の若者たちの様子には気を使う。


 どうやら声が小さすぎて聞こえなかったようだ。ぼっちの声量、舐めるなよ! ……って自虐しておこう。


 お宝の正体はさっぱりわからないけど、私だって伊達に魔法使いを長くやってはいない。ご近所のダンジョンなんてちょちょいのちょいさ。



 魔法開発がまったくうまくいかない現状のまま毎日を過ごすのはさすがにきつかったので、私はこれ幸いと謎のお宝が眠る南の森の洞窟に向かうことを決意し、まだ半分残っているチキンソテーを幸せな表情を浮かべておいしくいただくのだった。

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