ある勇者の冒険譚㉕

「これで僕と魔王とのリベンジマッチの話は終わりだよ」


 元勇者はふぅー、と長く息を吐いた。スッキリした顔で周りを見回す。


「魔王を倒してめでたしめでたしっていう感じなのはいいんだけど、なんかちょっと釈然としないわっ」


 幼い見た目のあどけない女の子はちびちびと熱いスープをすすりながら、元勇者の話のオチにケチをつける。


「僕もスッキリとはしていないけどね。せっかく倒したのに、後味としてはなんか師匠に修行をつけられているような感じしかしなかったし」


「最後の流れはそんな感じよね。妙に的確なのが逆にスゴイっていうか」


 元遊び人と思しき女性もその部分が不思議だと感じたようだ。


 締めのスープを飲み終えたあとになぜかまたビールをオーダーしていた元戦士風の男は、受け取ったそれに口はつけずに、ちょっと考えるような仕草をした。


「その魔王って、本当に修行をつけてたんじゃねーの?」


「そう思う?」


「思う思う。仲間たちそれぞれにアドバイス送る魔王とか聞いたことねーけど、兄ちゃんのところにいた魔王は戦闘狂っていうか、単純に強いやつと戦いたくて、強くなりそうなやつはより強くしてやってるんじゃないかな?」


「やっぱりね。一回目の戦闘からそんな予感はしていたけど、自分たちの置かれた状況でその結論を出すのはちょっと勇気のいることだよ」


 元勇者は、はぁー、とため息をついた。


「結局僕らが倒したのは魔王であることは間違いないんだけど、もしかしたらうまく共存できたんじゃないかって気もしてたんだよね。さすがにみんなの前でそんなことは決して言えなかったけど」


「勇者様たちをはるか高みに引き上げてくれた。そんな一過性の出来事じゃったのかもしれんな」


 国王のような風格を持つ老人はふむふむとひとり納得したようにうなずく。


 学者然とした神経質そうな男がズイッと前に出てきた。


「やはり、最後まで聞いて確信しました。勇者様のお話の中に出てくる魔法使いのリリアさんは、私の知るリリア様と同一人物です。上級魔法の無詠唱での連発と、複合属性の同時発動は普通の魔法使いには実行するのはとても難しいものです。それをいとも簡単にこなしてしまうのは、やはり偉大なる魔法使いのリリア様にほかありません!」


「そう? そうならきっとそうなんだと思うよ」


「温度差激しすぎっ!」


 幼い見た目のあどけない女の子は、学者然とした神経質そうな男と元勇者のテンションの差に呆れる。



「あー、たのしかったー」


 元勇者は大きく背伸びをして、満足そうにそう言った。


「しっかし、さすがに話長すぎだな」


「ゴメン。僕はやっぱり話が長いんだよね」


「まぁ、今度はさっくり終わらせてくれりゃ、それでいいさ」


「そうだね。またここに来たいな」


「来ればいいじゃねーか。俺とかあいつとか、だいたいいっつもいる感じだしな、ガハハ!」


 元戦士風の男は機嫌良さそうに笑うと、元勇者の背中を強くバンバンっと叩いた。


「ちょ……スープが変なところに入ったじゃないか!」


 ゴホゴホっと咳をする元勇者はちょっと涙目だ。


「まぁ、私もいつもいるわけじゃないけど、勇者様が来るならそのときは駆けつけちゃおうかしら」


 フフッと子供っぽく笑うと、元遊び人と思しき女性が元勇者の右腕に抱きつくようにして近づいた元勇者に大きくウィンクをした。


 元勇者は腕に当たる感触に顔を赤くする。


「あ、うん……次来るときもまたみんなに会えるとうれしいかな」


「『うれしいかな』? 勇者さんってそんな冷たい感じなの?」


「あ、いや……みんなに会えるのがたのしみだよ」


「素直でよろしい!」


 ぱっとした見た目でははるかに年下の女の子に頭を撫でられて、元勇者は赤い顔のまま困惑する。


「モテモテだな! さすが勇者様は貫禄が違うぜ! なっ、みんな?」


 周囲から賑やかな笑い声が上がった。


「からかわないでよ、まったく」


 まんざらでもない様子で元勇者がつぶやく。


「本当にたのしいなぁ」


 元勇者は、もうすぐ閉店時間となるこのお店から帰らなきといけないことがちょっと寂しくもあった。と同時に、明日からまた今の生活をがんばろう、そう改めて気持ちをリフレッシュさせた。


 夜は長い。でも、それもいつか終わりを迎えるものだ――




 居酒屋『冒険者ギルド』


 それは、色々な世界の元冒険者たちが集まる場所。


 同じ時間を過ごした者、違う時間を過ごした者。同じ世界を過ごした者、違う世界を過ごした者。すべての可能性が集まる場所であり、すべての可能性が生まれる場所でもある。


 元勇者の世界の魔法使いリリアは、学者然とした神経質そうな男のいる世界の偉大なる魔法使いリリアであるかもしれないし、違うかもしれない。


 ちょっと違えばすぐ隣にいたかもしれないし、まったく接点のないままかもしれない。すべての世界が同時に存在し、そのすべてが異なっている。



 居酒屋『冒険者ギルド』に集まる元冒険者たちは、たまたま同じ時間、同じ場所に集まっただけかもしれない。


 同じ夜を過ごした彼らは、ここを出ればまた元の世界に帰ってそれぞれの生活を送っていく。


 そして夜になると、またここ居酒屋『冒険者ギルド』に現れ、それぞれ好き勝手に好きな話をしていくのだろう。




 ある勇者の冒険譚 ー了ー

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