ある勇者の冒険譚㉔

 魔王と僕たちの戦いは一方的な展開となるかと思ったが、そうではなかった。


 僕たちの攻撃は確実に魔王に届き、そしてそれは魔王の攻撃も同じであり、僕たちの体力や魔力も徐々に削られていた。


 こちらには回復薬が残っていたので、時折回復しながらの戦いとなったが、魔王は自身への自動回復をカットしており、その他の回復手段は持っておらず、ダメージの差が徐々に開いていった。仮に自動回復があったとしても、ネーメウスが反転効果を持つ魔法を使えるため、逆に持続ダメージに変換することも可能だった。もちろん、そんなことをしたらすぐに自動回復を切っただろうから、結果として状況は変わっていなかったはず。


 ギウスの攻撃は時間とともに精度を増していき、魔王の攻撃を槍でうまく捌きながら小さな隙に効果的に攻撃を刻み込んでいた。


 リリアは使う魔法が高度すぎていちいち僕とギウスを巻き込まないために避難させる必要があるので、連携が崩れやすくもあったが、一撃のダメージの大きさはおかしいものがあり、僕らの攻撃を止めてでも特大魔法を打ち込んだ結果は出ている。


 ネーメウスは支援特化のため攻撃に加わることはしないが、俯瞰的にフィールドを見ることができるため、的確な補助魔法での支援をおこなっていた。僕らの強化、それと魔王への弱化を同時に繰り出せるのはネーメウスの的確な状況判断の賜物だ。


 そして、僕はと言えば自身への強化魔法と細かな回復魔法を使いながらの攻撃に尽きる。いつでも同じ。これしかできない。だが、これで今まですべての局面を乗り越えてきた。


「愉快だ……とても愉快だぞ、勇者よ!」


「それはどうも。こっちはちょっと疲れてきたよ」


「はっはっはっ! もっとたのしめ。ここまでお互いが全身全霊を尽くせる戦いなど滅多にないぞ!」


 この戦闘狂め。


 どうしても僕ら――僕か? 僕を同族にしようとするが、何度も言うが僕は戦闘狂じゃない。できるならこの戦いもさっさと終えて、早くホームに帰ってのんびりしたいと思っているくらいだ。


 魔王はあきらかな劣勢にも関わらず、本来使えるはずの魔力を使った攻撃はほぼ使わず、徒手空拳で戦っている。恐ろしい回避率はそのままに、地味に一撃の思い拳を繰り出してくる。


 完全に前衛単騎特攻という恐ろしく不利な状況で、しかし一切の遠距離攻撃も範囲攻撃も使わないのは潔さを感じる。


 もともと物理攻撃を主とした戦闘スタイルで、魔法は邪魔者の排除に使うという考えなのかもしれない。一度目の戦闘ではもはや僕たちに勝ちの目がなくなった時点で、僕との一騎打ちをしたくなったから仲間たちを次々と戦闘不能にするのに魔法を使っていた。


 この魔王は、相当頭のネジがおかしな方向にねじくり曲がっていただけということだ。


「今回は僕たちが勝たせてもらうよ!」


「構わぬぞ。やれるのならな」


 魔王がとてもたのしそうに笑っている。


 僕は全然たのしくないのだが、それでもつられて口元にほんの少しだけ笑みが浮かんでしまったかもしれない。見えないからわからないが、なんとなくそんな気がしてキュッと口元を引き結ぶ。


「みんな、畳みかけるぞ!」


 僕の号令に応じる形で、まずネーメウスが動いた。


 すぐに暖かな魔力に覆われるように感じた。ぐんぐんと身体中に力が漲ってくるような感覚を覚えた。これは筋力強化の魔法だろう。見ればギウスにも似たようなことが起きているようだ。後ろではリリアの魔力が急速に膨れ上がったように感じた。


「私のあとに続いてちょうだい!」


 次にリリアが動く。無詠唱魔法による四属性攻撃を使ったようだ。


 大きな火球、巨大なつらら、そして激しくスパークする雷が暴風をまとってそれらを巻き込みながら一気に魔王に着弾する。


 ギウスはすべての攻撃をそのまま受けた魔王に一足飛びで突撃する。


 さすがの魔王もそのままギウスの攻撃の直撃を受けるわけにもいかず、電撃で痺れる体を無理やり動かして槍による突撃を迎撃する。


 すんでのところで攻撃を避けられてしまったギウスは、その隙をつかれて背中にまともに手刀を受ける。かなりの勢いのあったその攻撃は、ギウスの体を地面に叩きつけるとワンバウンドさせた。ゴロゴロと転がりながら、ギウスはなんとか立ち上がった。その顔には今の攻撃のダメージがありありと浮かんでいる。かなり

苦しそうだ。


 しかし、僕はギウスのことは今は頭から除外した。絶好のチャンスが訪れている。


 強化魔法で得た脚力で地を蹴ると、僕は魔王へと突撃する。そして、距離が縮むわずか直前で鞘を地面に突き立てて急制動する。左腕から軋むような音が聞こえてくる。


 虚をつかれた魔王は僕への迎撃を空振りさせていた。


 地面に突き立てた鞘を軸として魔王の側面に入り込むと、両足を揃えて一気に地を蹴り込む。


「いっけぇー!!」


 僕が伸ばした長剣が魔王の胴体に一気に食い込んだ。ずぶり、とたしかな手応えを得ると、僕はそのまま足を踏ん張りさらに押し込んでいく。


「……やるでは、ないか」


 ゴフッと魔王の口から赤い血が溢れ出す。


 魔王はよろよろと二歩三歩と後ずさった。自然と僕の長剣はその腹から抜ける形となった。ぬめりとした真っ赤な血で覆われた長剣は聖なる祈りで強化されているはずが、不気味さを感じてしまった。


 今まで数百もの魔物を倒してきたはずが、魔王への致命傷ともいえるこの攻撃からは違和感がなくならなかった。


 ……なんなんだ、この感じは?


 魔王は腹を抑えて苦しそうな表情を浮かべている。だが、口元だけは笑みを絶やさない。


「さすがに、この傷では……厳しいな」


 絶え絶えと魔王がつぶやく。


「僕たちの勝ちだよ」


「そうだな……ああ、そうだな」


「?」


 魔王の様子に違和感が消えないが、もう戦闘を続ける気はなさそうだ。


「これでいい……」


「どういうことだ?」


 魔王は苦しさを含んだままニヤリと笑うと、


「魔王は勇者に敗れた……そして、魔王は魔界へと強制送還される。前に言ったとおりだ」


 そう言うや、はっはっはっ! 大きく笑った。


 僕たちはただポカンと呆然とするしかなかった。勝ったんだよな……?


 ひとしきり笑うと、魔王はゴフッと血の塊を吐き出した。その顔には憔悴の色が見える。


「では、負け犬は去るとしようか」


魔王の足元に見たこともない異様な文様の魔法陣が急速に描かれ始めた。禍々しい邪気のような魔力が込められていく。以前リリアの魔力をすべて奪ったときのような、真っ黒な炎のような人の手のようなものがたくさん伸び縮みしている。


「勇者よ……強くなったな」


「だから、なんで上から目線なんだよ」


「まぁ、そう言うな」


 無数の手のようなものに身体中を掴まれながら、魔王は僕のほうに手を差し伸べてきた。


 ……その手を掴んだらそのまま引きずり込まれそうなんだけど、どうしろと。


「案ずるな。この魔法陣はわたしを連れ帰るだけの役目だ」


「やっぱり魔界に行くのか」


「そうだ。……どうだ、トドメを刺すならまだ間に合うぞ?」


 なぜか握手を求められている状況でトドメを刺せって言われても……


「いや、いいよ。この世界から魔王がいなくなれば、僕はそれで充分だから」


「いつか復活するやもしれぬがな」


「その時は、あっさりと返り討ちにしてやるさ」


「頼もしいな。やはり勇者はそうでないとな。はっはっはっ!」


「上から目線やめろって!」


 僕はもうやけになって魔王の手を握り返した。勇者と魔王が握手だなんて、これ一体どんな状況なんだよ。わけがわからないが、なんだか無視するのも気が引けたのもまた事実だ。


「勇者の仲間たちよ」


 魔王が僕の仲間に呼びかけた。


「なによ」


「魔法使いの女よ、その魔法のセンスは類稀なものがある。まだまだ伸ばせる。自惚れず、鍛え上げよ」


「何様なの、あんた?」


 最初に応じたリリアに上から目線のアドバイス? を送ると、魔王は次にギウスに目を向ける。先程のダメージが残っている様子で、ギウスは自分の槍に体重を預けてようやく立っている感じだ。


「戦士よ、そなたの戦闘中に成長する戦い方は貴重なものだ。使う武器を限定せずに色々と試してみるがいい。七色の武器の使い手――そんな未来が視えるぞ」


「俺はそんな器用じゃねぇよ」


「そうか? 既に三種類くらい使いこなせているような気がしていたが、槍以外での戦いもしてみたかったな」


「……そこまで言うなら試しておくぜ」


 次にかなり離れたところにいるネーメウスに視線を向ける。さすがに距離が遠いと思ったのか、ネーメウスはゆっくりとこちらに近づいてきた。


「精霊使いよ、そなたは魔法に対する適性がかなり高いはず。その証拠に神聖魔法と精霊魔法を同時に使うことができておる」


「えっ、ネーメウス精霊魔法使えなくなったんじゃ……?」


「ゴメン、使えるんだ……というか使ってたじゃん」


「もしかして、魔導書使ってたツタの魔法?」


「そう……あれはカモフラージュで、実際は精霊魔法だったんだよ」


「勇者はもっと魔法への造詣を深めたほうがいいな」


 なぜかバカにされた僕。いや、いくら仲間の魔法でもそこまではわからないよ。


「世の中にはまだまだ魔法の種類は多くある。賢者と言われる者は、すべての魔法を使いこなすことができると聞く。もしかしたら、そなたなら賢者の扉を開けられるかもしれんな」


「……褒めすぎ」


「才能は正直だ。……精進せよ」


 ネーメウスはうなずいた。


「最後に、勇者よ」


 魔王が僕を真っ直ぐに見つめてくる。ずっと手を握っているままだが、さすがにそろそろ離してもいいんじゃないか。


「なんだよ」


「おまえはこのわたしに勝ったのだ。世界を統べる力があると思うが、試してみてはどうだ?」


「だから、世界ナンバーワンとかには興味ないって」


「そうか、残念だ……」


 本当に残念そうに言うのはやめてもらえないだろうか。なんで魔王がいないのに僕が世界最強を決める戦いをしないといけないんだよ。


「まぁ、よい。わたしは充分にたのしんだ。しばらくは魔界で雑用でもこなすことになろう――正々堂々勇者に敗れた負け犬としてな」


 魔王に巻き付いていた手が魔王を引きずり込むべきガッチリとその体を抑え込む。ズブズブと魔法陣の中に魔王が足元から沈み込んでいく。


「では、勇者たちよ……サラバだ」


 そのまま頭まで魔法陣の中に入り込むと、魔王がさっきまでそこにいたのが嘘のように、その痕跡すべてが一気に消え去った。魔法陣も一度大きく鈍く光るとスッとその姿を失った。




 世界には速報が流れた。



「復活の勇者が魔王を倒し、世界は救われた!」

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