ある勇者の冒険譚㉓

 運ばれてきた温かな湯気の立ち昇るコンソメスープが入ったカップを持つと、熱々のままひと口飲む。


 お酒もだいぶ進んでいたためか、胃の奥にスーッと入り込んでいく。熱くなっていた体が、逆に落ち着きを取り戻していくようだ。


「マスターの作るスープはおいしいのよねぇ」


 元遊び人と思しき女性は両手でカップを掴んで、その温かさを体に染み渡らせようとしている。



 居酒屋『冒険者ギルド』の営業時間も終わりが近付こうとしていた。


 それぞれのグループでは、締めのリゾットや麺類などを食べているところもあれば、デザートが運ばれているところもある。このテーブルにはマスターの図らいなのか、締めにスープが届けられた。


 元勇者を中心に二十人ほどのメンバーが集まったこのグループは、おのおのがスープの入ったカップを持ち、最後まで話を聞こうとしていた。


「しかし、随分かかったけど、ようやく終わりそうだな」


「ゴメンね。ちょっと配分間違えちゃったかも」


「いや、いいんじゃねぇか。兄ちゃんは元勇者だし、元勇者なんて滅多に来ねぇから、たとえ話が長くたってみんな興味津々だろうし」


 元戦士風の男は周囲のメンバーにそれとなく意識を向けた。特に返事があったわけではないが、小さくうなずいたり笑みを浮かべたりといった肯定の表現が返ってきている。


 元勇者も満足そうに微笑むと、スープをもう一回口に含むと、その味を確かめるように静かに飲み込んだ。


「今日はみんなと会えて良かったと思う。冒険者ギルドはとてもすばらしいね」


「褒めたってなんにも出ねーぞ」


 遠くからマスターが反応する。


「別にマスターに言ったわけじゃないと思うのに、そういうのはしっかり聞こえちゃうのよねぇ」


「あの親父は地獄耳だからな」


「聞こえてるからな! やっぱりお前はあとで説教だな!」


「マスター! マジ勘弁してくれよー」


 元戦士風の男の泣きそうな声に一同は声を出して笑った。彼は恥ずかしかったのか照れたような困ったような、なんだかもうしわけなさの漂う表情をして苦笑している。


「ホント、言わなきゃいいのに」


 元遊び人と思しき女性がやさしそうな眼差しで元戦士風の男を見つめている。


 居酒屋『冒険者ギルド』に集まるメンバーは毎回違うものの、長く通っていれば自然と仲のいいグループもできてくる。元戦士風の男と元遊び人と思しき女性は同じ卓につくことも多くなり、良く話すようになり、いつの間にかお互いが軽口を叩き合うような仲になっていた。


「やっぱり仲いいよね、キミたちは」


「だからそんなことないって」


 相変わらず否定が早い。


 誰がどう見ても仲がいいようにしか見えないのだが、このふたりはそうは思っていないようだ。お互いに軽口を言い合うからなのか、仲の良さがそれをさせているけど、軽くライバル同士みたいな感じに思っているのかもしれない。


 おそらくこのふたりに限ったことではないのかもしれない。居酒屋『冒険者ギルド』にはたくさんの元冒険者がやってくるし、今回はこのグループの話に参加しなかったメンバーも大勢いる。


 うまく相性のいいメンバー同士が出会えば、軽快なツッコみや的確な質問の飛ばし合いで、話が引き締まって語り手ですら意識していなかった深い部分を引き出すことも場合によってはありえるだろう。


 好き勝手話をするのも当然あり。何の縛りも設けていない。


 居酒屋『冒険者ギルド』では、ギルドメンバーという設定となっている客同士のケンカがご法度なだけだ。


 たのしんでもらいたいのは、仲間同士がどんなクエストを求め、どのメンバーで、どんな問題をどう解決していったのか、そんな話をしてほしい、ただそれだけ。


 元冒険者たちが語る物語は、まさにそのメンバーでしか知り得なかった情報の共有となる。同じギルドのメンバーとして、他のメンバーがどんな冒険をしてここに帰ってきたのかを知りたいだけなのだ。


 マスターにとってギルドメンバーは家族のようなもの。その家族がたのしくやれるよう、帰って来たくなるように、その場所を提供し続けているだけだ。


 元勇者は残っていたスープを大切そうに少しずつ飲みながら、昔の仲間たちがもしここにいたらどんな反応をしただろうなぁ、と思いを馳せていた。

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