ある勇者の冒険譚⑩
僕が村を出てから数日が過ぎた。
軽装なのに持っている剣は聖なる祈りを付与した長剣――いわゆる聖剣だというギャップがちょっとヒドイと思う。
あいにく僕のレベルは相当高いので、二週目始めましたの今の冒険は正直楽勝だ。
魔王は僕らをぶちのめしたあとは特に何事も起こしていないようで、異常なくらい静かだ。
側近の魔族の長、竜族の長、海神族の長は倒されたまま補充をしていないということは風の便りで聞いた。
僕らがあまりにもふがいなかったのでやる気をなくしてしまったのだろうか――そんなことをふと考えたが、魔王が暴れまくって世界が崩壊してしまったとかじゃなくて本当に良かった。
このまま僕ひとりで再び魔王の根城に行ったところで、再度ボッコボコにされるのが関の山だ。もっとレベルアップも必要だし、仲間も探さないといけない。
あと、できれば早く防具がほしい。いわゆる旅人の服よりもヤバい村人の服では防御力はないに等しい。素の体力が高くなっているのでザコ敵の攻撃をまともに喰らったとしてもダメージはないけど、中堅どころが出てきたらさすがにそうはいかない。
元の鎧はレアメタルを魔術合成で混ぜ込んだかなり硬度の高いものだったが、魔王との戦いまでに疲弊し、魔王との戦いで完全に破壊されてしまった。
あそこまでの防具がまた手に入るとも思えないけど、そこそこのものでも魔術合成で大幅に強化可能だから、仲間を探しながら徐々にランクアップさせていくしかないな。
「あいつらどうなったんだろう」
僕はひとりだけ最初のほうに村に飛ばされてしまったので、仲間がどうなったかはまるでわからない。
全員魔王に倒されたことまでは把握できていたけど、どちらかというと気絶させられただけだったようだ。ネーメウスだけはその場からいきなり消されたのが気がかりだけど、残った三人が気絶させられただけなら、きっと彼も無事なはずだ。
「とにかく、人の多いところに行こう」
僕はまもなく比較的大きな町に入って情報収集を開始した。
何人かに聞いた限りでは、魔王の驚異はなくなったので勇者が勝ったという風に思われていたようだ。
喜んでいるところに水を差すようで悪いとは思いつつ、この町でも僕は自分が魔王に破れてしまったことを正直に話した。
ある人は驚き、ある人はショックを受けていた。さすがに怒り出すような人はいなかったけど、勇者が負けたという事実の重さが痛いほどだった。
「勇者様がてっきり勝ったものだと思っていたのであまり気にしていなかったのですが、勇者様の仲間の戦士ギウス様のお話なら、たしか旅の者が話していたような気がします」
気落ちして泣き出してしまった子供をあやしながら、その子の母親が僕に情報をくれた。
「その人はどこに?」
「宿に泊まっているって聞いています」
「ありがとう」
宿の場所を聞くと、僕はさっそく向かうことにした。
……と、その前に。
「お嬢ちゃんゴメンね。でも、勇者は一度負けたくらいじゃ負けないんだよ」
「……ホント?」
「ああ。もう僕は負けない。次はしっかりと準備して、絶対に魔王を倒す。約束するよ」
「やくそく……うん!」
女の子はまだ涙目のままだったが、僕の約束を聞くと、パッと笑顔を咲かせた。
勇者は負けない。もし一度くらい負けても、絶対に立ち上がって最後には勝つ。
あきらめないで戦い続ける。それが勇者の責務だ。
「きみがギウスを見たっていう旅人かい?」
「そうですが。あぁ、あなたは勇者様じゃないですか! おひとりでこんな平和そうな町にいらしてどうされたのですか? まさか、魔王を倒したあとの凱旋では?」
「ゴメン。僕は魔王に負けてるんだ」
「えっ! 勇者様が負けた! ……にわかには信じがたいですね」
「ホントなんだ」
旅人の男性は持っていた荷物からお札のようなものを取り出すと、それを僕に受け取るように言う。
「呪いを跳ね返す力があるというお札です。役に立つかはわかりませんが、ぜひお持ちください」
「ありがとう。手持ち少ないけど、いくらになる?」
「お代はいりません。何となく勇者様はまた魔王と戦いに行くじゃないかと思って、せめてお守りにでもなればと」
「ああ、魔王とはまた戦うつもりだよ。それじゃあ、ありがたくちょうだいするね」
僕は村の男性からもらった腰に巻いたポーチの中に、効果が高そうな呪術文字が書かれたお札をそっとしまった。
「そうそう戦士ギウスさんの話でしたね。彼は――」
旅人の情報を元に次の町へ向かうと、予想よりも簡単にギウスと再会することができた。
ギウスは僕と同じようにこの町に飛ばされて、魔王の攻撃の威力が強すぎて回復に時間がかかっているだけだった。
勇者の超回復はあくまで勇者の特性であり、仲間たちは普通の回復力だから神官の治癒魔法でもかけてもらわない限りはすぐに動けるようにはならない。
こんなときネーメウスがいてくれればどんなに助かったか。
きっとまだ眠ったままのギウスも同じことを考えているんじゃないかな。
「頼む、ギウス……起きてくれ」
僕の声が聞こえたのか、ギウスの閉じた眉がピクッと動いたような気がした。
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