ある勇者の冒険譚⑪

 たのしい時間はあっという間に過ぎ去っていく。


 居酒屋『冒険者ギルド』に集まっていた元冒険者たちも、今日を満喫したのかポツポツと帰り始めている。


 それと入れ替わるように新しい元冒険者が訪れたりもしているが、だんだんと店内の人数は少なくなってきていた。


「散り散りになった仲間たちを集め直すのは結構大変だと思っていたんだけど、思いのほか簡単にことは進んだんだ」


 元勇者の話はまだ続いている。


 通常の冒険譚だったら三人前くらいになっているが、幸い元勇者の周りにいるメンバーはあまり変わらない。むしろ、話の途中から輪に加わった者さえいる。


「話の腰を折るようで悪いんだけど、魔王ってのは結局何がしたかったんだ?」


「うーん……たぶん強い相手と戦いたかっただけじゃないのかな。側近もやたらと強かったんだけど、魔王が全員一回倒したって話だし。彼ら本人から聞いたから間違いない」


「魔王の側近って、魔族の長、竜族の長、海神族の長という人たちよね?」


「そう。なんか本当はもっといたみたいだけど、魔王にコテンパンにやられて田舎に帰っていったとかどうとか」


「なんだそりゃ!? そいつら、人間とたいして変わらないな」


「僕もそう思った。てっきり魔王に心酔しているやつらが配下になったり、側近になったりしているだと思っていたからね」


「より力の強い者がトップになる。そんなところ、か」


「たぶん、ね」


 元勇者は自分が現役だった頃を懐かしく思う。いつも戦闘では前線に立たされていたし、仲間の攻撃に巻き込まれることもしばしばだ。


 魔王に初めて挑む頃には、自分の周囲の反応が見なくてもわかるスキルが身についていた。結局それでも負けてしまったが。


「魔王は僕らに多くを求めすぎていたんだ。やれ勇者が迷える迷宮の主を大地に還しただ。やれ勇者が難攻不落のタワーダンジョンを攻略しただ。やれ勇者がブラックドラゴンを退治しただ」


 ついには、その勇者が魔王の側近をもすべて打ち倒したのだ。


「待ちに待った僕らとの戦いに、魔王は酔いしれていたんだ」


「たのしそうだって話だものね」


「そう。彼は終始たのしそうだった」


 そこで元勇者はそっと下を向く。


「結果として、僕らは魔王を舐めていたんだ。薬切れなんて情けないことで、全快の全力で挑むことができなかった」


 ……だから、魔王は呆れてしまったのだ。


「話がいろいろ飛んでしまって申し訳ないんだけど、僕の話はもう少し続くけど、まだ大丈夫?」


「だから、私は全然問題なしよ」


「俺たちもだ。なぁ、みんな!」


 元戦士風の男の煽りも堂に入ったものだ。何回繰り返しても店内にいる元冒険者たちがノリを合わせてくるんだから、実際たいしたものだ。


「ここから一気に巻いていくよ」


 元勇者がすっかりぬるくなったビールが入っているジョッキを右手に取った。


 やおら立ち上がると、


「最後までついてきてね!」


 ジョッキを高々と掲げた。


 かんぱーい!


 今さらながら、改めて勇者の冒険にエールが送られた。

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