ある勇者の冒険譚⑨

「過去回想の過去回想が長くなっちゃったけど、これで最初の話に繋がったかな?」


「随分と時間が経った気がするが、まぁ、まだ大丈夫だよな」


「僕は全然」


「何人かは帰っちまったみたいだけど、兄ちゃんの話を聞いていた風でもないし、このまま続けてくれや」


「そうさせてもらうよ」


 マスターが用意してくれた刺し身盛りも気づけば残りあと少し。


 元勇者は八種類の中で一番おいしいと思った白身魚の切り身がまだ残っていたので、ちょっとホッとした。


 しゃべっている間に好き勝手みんなが持っていってしまうものだから、この居酒屋『冒険者ギルド』は本当に家族みたいにラクに自由にできる場所なんだろう。


 元勇者はちょこんと醤油に付けて刺し身を口に運ぶ。うーん、美味。


「結局僕らは魔王に遊ばれただけであっさりと破れてしまったんだ」


「俺らの世界にいたのは人間タイプじゃなかったからな。まぁ、強かったけど、俺らのレベルも相当高かったからそんなに苦労しなかったな」


「うらやましいなぁ。あのときの絶望感は半端じゃなかったんだから」


「絶望しているように話してなかったけど、そんなにヤバかったのか?」


「いや、だから全滅しかけたんだって。仲間が次々倒されても何もできなかったし、その後も善戦したけど結局ほとんどダメージは与えられていた気がしない」


 うーん……元戦士風の男が腕を組んで首を傾げて唸る。


 うーん……うーん……


「えっ? どうしたの?」


「いや、最初に兄ちゃんが村で倒れたところから話し始めたからだろうな。最初の魔王との戦いも、なんだかんだ仲間全員生き残ったって聞いてあったからな」


「あー、たしかに」


「兄ちゃんって、もしかして天然か?」


「何回か言われたことはあるよ。自分じゃそう思わないけど」


「私から見ても天然っぽく思うわ。思い出話の中でも、ちょっと場違いなこと思っていたりしてたもの」


「えっ、うそ?」


「ホントホント。でも、自覚ないんじゃ仕方ないわよね」


 元遊び人と思しき女性は頬を染めてフフっと笑う。目つきが妙に色っぽい。


「マジか……僕、今働いているところでもそう思われてるっぽいけど、何かの冗談かと思ってたよ」


「まぁ、悪いことじゃねーんじゃねーの」


「そうかなぁ」


 元勇者は顎に手を添えて自分の現状を振り返る。「お前天然だよな」「あんたって天然よね」「キミ……天然だろ」――うわっ、昔の仲間全員から一回は言われてる!


「気をつけよう」


「別にいいんじゃないの、そのままで。ね?」


「いや、普通にイヤだよ」


「ふふふ、かわいい」


「……?」


 元勇者は熱視線を送ってくる元遊び人と思しき女性の胸元が異様に視界に入ってくるので視線を逸らした。


 元戦士風の男はやれやれといった感じだ。


「いよいよ勇者様の復活劇が聞けるわけね!」


「よっ! 待ってました、なぁ、みんな!!」


 おー!! 軽く一時間くらい話続けているのに、今残っている元冒険者たちはまだまだノリがいい。



 元勇者の話は、ついに過去回想の過去回想から、過去回想へと繋がっていく。

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