2ー16

 キズタの全てを載せた一撃。人ならざる使い魔によって放たれた拳。

 それは、この状況を変えうる可能性を秘めていた。

 誰がどう見てって、そう思うに違いない。

 しかし、結論から言ってしまえば、キズタの全力はカイのもとに届かなかった。


 急接近に気がついた彼は、殴られる寸前に魔法により、巨大な杭を召喚していた。本来ならば、その杭により全身を貫かれた彼は死を迎えるはずだったが、驚愕に呑まれながら魔法を使用していたため、従来の数十倍の杭が出現することなり、キズタの身体を貫くという事態はおこらなかった。

 とはいえ、足元がから爆発したように生えてきた杭が、キズタに牙を剥いたのは間違いない。

 タイムラグにより、少し遅れて出現した杭はキズタの背中を押しながら、十数メートルもの大きさに成長した。屋上に釣られていた布を吹き飛ばしてなお、巨大化する。そんなものに押された彼は、宙をいながら地面に激突した。


 強かに背中を打ち付け、息ができなくなってしまう。それでもなお、動こうとしたが、指の先を芋虫のように動かすことしかできなかった。


 その姿を見てカイはようやく安堵したように口を歪めた。


「危ねえな。人が楽しんでんだからほっとけよ。というか、よく動けるよな。ただの人間で、しかも、女だろ? ほんと、意味分かんねえ」


 そう言いながら、彼は転がってぐったりしているフーリアの上に足を載せた。


「いや、それを言うならお前もそうか。いくら『妖精族エルフ』だからといっても、あれはねえは普通! まともな教育を受けたんならともかく、お前みたいな馬鹿がまともな教育をうけたはずがねえしよ。誰にも声をかけられなかった俺ですらそれくらい余裕で分かるぜ!」


 腹部に蹴りを一発入れる。それに呼応するようにうめき声が漏れた。その痛々しい音にキズタの頭はぶち切れそうになる。


 叫びたかった。叫んで止めさせたかった。

 でも、現実は彼にそのような行動を許さない。酸素を追い求めるように、口をパクつかせることしかできない。

 ゆえに、彼はカイを睨みつけた。

 純粋な怒りがあった。怒りで以て射殺さんばかりに彼を睨む。


「ん? その目……。ああ! お前、もしかして男か! いやあ、全く気づかなかったぜ、ハハア! しっかし、気に入らねえな、その目。男だってんならなおさら気に入らねえ」


 カイはフーリアから足を離すと、キズタとの十メートルを埋めるべく足を踏み出す。


「ったく、とんだ変態野郎もいたもんだぜ。まあ、馬鹿と変態ならお似合いってもんか。というか、よくもまあ使用人をさらってきたもんだ。どんな利用価値があるのか全く分からねえ。何か勘違いしてたんだろうなあ。人質にでもして、交換条件に俺らを駆逐しろとかいうつもりだったのかねえ」


 呆れたように笑いながら、地面から剣を創りだした。それは先程までの短刀ではなく、五十センチは優にある片手剣の形をしている。


 魔力が足りなくなったのか、カイの背後の杭が崩れ始める。

 ぽっかりと巨大な穴が空き、灰色の空が現れた。


「まあ、あいつは殺せねえけど、お前はどうでもいいから殺すわ。というか、その目が気に入らねえし、気持ち悪いから殺すわ」


 最後の一歩を踏んだ彼は、そのまま剣を振り上げた。それが振り下ろされたとき、キズタが絶命することがまずもって間違いないだろう。


 ――結局のところ、この一連の事件は、もはや救いようもないほど終わっていた。

 キズタがフーリアに助けを求められていた時には、クラドはすでに死んでいたし、フーリアもそのことはうすうすながら気がついていた。気がついていながら、そんなことはないだろうと現実から目をそらしていた。

 ハッピーエンドなどは最初からあり得ない。

 事実、フーリアはクラドの死体を見て発狂した。

 彼女一人の力でなんとかできないものは、キズタが力を貸したところでやはり解決などしない。


 ――しかし、三人目がいたとしたら、また話は変わってくるだろう。


 振り上げれた凶器が、実際にキズタの胸を突き刺すなんて事態は、いくら経っても起らなかった。

 代わりに赤い閃光が刹那戦場に落ちてきた。

 

 ――ボトリ。何かが落ちる音とともに、カランコロンと何かが地面に転がった音がした。


 それが、カイの切り落とされた右手であったことは一目瞭然だった。ただ、どうしてそのような事態に陥ったのかいまいち理解できない。おそらくただ一人を残して、この場にいる全員分かっていないだろう。

 誰もが呆けたように、その紅の炎を見た。

 否、炎に包まれた人間を見た。

 彼女は振り向きながらキズタの方を一瞥すると、ホッとしたように笑った。


「危なかったな、少年! ……いや、あのままだとオレのアンにボロクソに言われてたから、お互い様か」


 ルシラはこの場にそぐわない、緊張感の欠けた声でそう言った。

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