2-7

 時を同じくして、ルシラは街の中でキズタを探し回っていた。本当は、全力で走って回りたいのだが、人であふれかえっているような路でそのような芸当ができるはずもない。


「クソッ! どこに行ったんだよ、少年は!」


 そう叫んだ彼女は当然周囲から怪訝けげんな視線を浴びせられる。しかし、今はそんなものに気を取られている余裕はなかった。

 もし、この近くにキズタがいなかったとしたら、彼は裏路地に入ってしまったことになるのだから。いや、本当は彼女もその事にうすうす気がついている。ただそれを認めてしまうことは同時に、彼の生還が絶望的になることを意味していた。


 裏路地はこことは全くあり方が違う。それこそ、異国と呼んでいいほどの差異がそこには存在する。

 法律はなく、命の保証もない。殺人は横行し、富を築いた者は瞬く間に他の持たぬ者たちによって蹂躙される。

 彼に残されたのは死しかあり得ない。使用人の彼が身代金の代わりになるはずがないのだから。金を取られ無残に殺されてしまうのだろう。


 無論、ルシラだって弱いわけではない。そこら辺のごろつきを相手取ったところで負けることなど万が一もありない。けれど、それは万全の状態を仮定した話である。戦いが続けば続くほど、集団戦になればなるほど、彼女の生存は危うくなる。

 何かの拍子にどこかを痛めれば、それすら致命傷になるのだから。遅効性の毒のように、その痛みはじんわりと彼女の身体を食んでいき、やがて大きな隙を作るだろう。


 それ以前の問題として、生存できたとしても、生還できる可能性は低いのだ。


 裏路地で生活していたという経験がないルシラは、当たり前のように土地勘が存在しない。その状態で迷宮のごとき裏路地に入るのはあまりにも危険である。遠くまで行かなければ、帰ってこれるかもしれないが、そうでなかった場合、下手をすれば数日間あそこを彷徨う羽目になる。

 時に戦い、時に歩く。不眠でそのような行動をとり続ければどうなるかぐらい誰でも容易に想像できる。


「ああ、クソ! 本当、ああ――ッ!!」


 行き場のない怒りが心の中で燃えていた。自分の過ちを後悔しながらもルシラは足を止めた。


 別に諦めた訳ではない。


 彼女の目の前には、裏路地へと通じる道がある。

 確かに、生還どころかキズタの生存すら絶望的かもしれない。しかし、あくまでも絶望的というだけだ。可能性はゼロに限りなく近くとも、ゼロではない。であるならば、その少ない可能性にかけるほかあるまい。


 ――役目を果たせなかったのは自分のせいだ。ならば、どうして可能性をむざむざと捨てて、アンに顔を合わせられるというのか。


 彼女はそう自らを叱咤し、裏路地に向かい足を踏み出した。


 ――あ、いや、私のせいだけど、アイツのせいでもあるか。


 ルシラは自分が正常な判断を下せなくなった元凶であるあの『有翼族エンジェル』を思い出す。

 皮肉っぽく笑うハラリエルは一歩踏み出したルシラの足を止める。しかし、それは一瞬のことだった。彼女はキズタを助けるために、彼の生存を信じて走り出した。

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