1ー6

「さて、ここからが今日の一番重要な話になるんだけど、集中力は大丈夫? そう、ならいいんだけど。今から話すのは、使い魔のこと。つまり、今のアンタの立ち位置についてね」


 どこまで知っているのかの知識を聞かれたので、キズタは素直に知っている限りのことは全て話した。


「えーっと、なんか魔女のパシリみたいなイメージがある。くらいかな?」

「そうね。それくらい予備知識があれば十分かな。正確には、魔女というよりも魔法使いなんだけどね。うん、アンタの言うように使い魔っていうのは、魔法使いの雑用をこなす下級動物のことよ」

「動物以外には? 例えば、悪魔とか」

「そんなのあり得ないわよ。あくまでも使い魔は主人よりも下位の存在じゃなきゃいけないんだから。同じ理由で、魔獣も使役できないわよ。あいつら、魔力の塊みたいなものだから、どうあがいても無理」


 魔獣や悪魔とかも使い魔として使役できるというようなことを、キズタは何となくイメージとして持っていたのだが、アンはそれを否定した。


「それにアンタみたいな人間を、しかも異世界から呼び出せたのかは本当に分かんないわ」


 一瞬、言っている言葉の意味が分からなかったが、キズタは何とか頭の中で処理して言葉にする。


「人間同士だから、確かにボクは下位の存在じゃないけれど、でも、魔力とかも関係あるんなら、別にそこまで不自然じゃなくないか?」

「どうして?」

「だって、アンはこの世界の人間で、それなら、少なくともボクよりも魔力は多く持っているはずだろ? 詳しくは、分かんないけど」


 我ながらいいツッコミを入れられたのではないかとキズタは思ったが、しかし、彼女は首を左右に振る。


「正直、アンタの魔力がどの程度のものか分からないけれど、仮に私よりも少なくて、下位の存在だと見做されていたとしても、異世界から召喚されたというのがあり得ないの。アンタがここにいる時点で、あり得ないも何もあり得ているんだけどね。でも、私は異世界に干渉する術を持っていないし、何よりも魔力が人一倍少ないのよ。そんな私が異世界移転だなんて奇跡起こせるはずがないでしょ?」


 アンはそう言いながら、少し悔しそうに顔を歪めた。

 自分の理解力が低すぎて怒らせてしまったのかとキズタは焦ったが、どうも違うようだ。ボソリと魔力さえあればという声が漏れていた。

 少し前の会話の内容をキズタは思い出した。


 そういえば、魔法が使えないとか言ってたっけ。


 魔力と魔法が何らかの関わりがあることぐらい、事情を深く知らない人でも容易に察することができる。もちろん、キズタにだって可能だ。

 知らず知らずのうちに、コンプレックスを刺激して彼女を傷つけてしまったかもしれないと、彼は思ったが、その時、ふとあることに気がついた。


「あれ? アンが魔法を使えないってことは、ボクはどうやってここまで来たんだ?」


 それがキズタの抱いたごくごく当たり前の疑問であった。てっきり、アンが召喚したものだと彼は思っていたのだが、魔法ができないとなれば、また別の要因による可能性が高くなる。

 しかし、彼女は自分が召喚したと言っていたのも事実だった。

 魔法以外になにかあるのだろうか? そう考え始めていた彼の思考をアンは止めた。


「それは今、考えない方がいいわ。正直、説明しても非常に面倒くさいことになりそうだし。それに、本題からかなり外れちゃうしね。とりあえず、簡単に答えておくと、魔術っていう魔法じゃない技術があって、それでアンタを呼んだの。魔術がどういうものかは後日話すから、今はそう言うものがあるんだ程度に考えておいてちょうだい」


 彼女はそれから目を瞑ってブツブツと何かを言い始めた。どうやら、どこまで話したか忘れてしまったらしい。


 助け船を出そうとキズタが口を開けたが、その前に、彼女は思い出したらしく(もしくは、思い出すことを放棄して、新しく話し始めることにしたのかもしれない)、彼の右手を取った。そこにあるのは、赤く不可思議な形の模様である。

 数字の0を象ったような、象っていないようななんとも表現しづらい抽象的な模様だ。


「痛みは……ないようね。まあ、あれからかなり経っちゃってるから、当たり前かな。とりあえず痛くはないようでよかったわ。それにしても、ふーん、こうなるのね」

「こうなるって、何かおかしいのか?」

「いえ、別に。おかしいと言えばおかしいんでしょうけど、なんか違うのよ。いわば、例外を出そうとして出した例外、みたいな感じなの。だから、おかしいのが普通って言うか、そんなものなの。まあ、普通は主人、つまりは魔法使いの【刻印】と同じものになるけどね、私には【刻印】なんてないし、どうなるんだろって思っていたの。そしたらやっぱり四つのうちのどれにも当てはまらなかったわ」


「【刻印】? 四つ?」

「あー。【刻印】っていうのは、魔力が供給されていることを示すもので、本来、四つあるの。【火の刻印】【水の刻印】【風の刻印】【土の刻印】って感じに。魔法使いには、それぞれ得意な属性があって、刻印はそれと対応したものになっているの。ちなみに、魔法使いがどの属性を得意になるのかは、洗礼を受けた時点で決まるの。もっと言うと、場所なんだけどね。一ノ国なら火属性魔法、二ノ国なら水属性魔法、三ノ国なら風属性魔法、四ノ国なら土属性魔法って具合に。

 もっとも、魔法は全部で五属性で、あと一つ、未属性魔法っていうのがあるんだけど、あれは誰でも容易に扱えるものと、もうこの世では再現できない魔法が分類されているわ。いわゆる、カテゴリーエラーの寄せ集めみたいなものよ」

 きっと、今のでは説明の半分も理解できなかっただろうとキズタは思った。まるで、ふるいにかけられたように、細かな情報は落ちていき、残ったのは大まかなものだけだった。けれども、その少ないものだけで何とか彼は理解しようと食い下がった。

「あれ? でも、そうなるとここ――零ノ国は?」

「もちろん、何にも対応していないわよ。まさにゼロって感じで、何もないの。言ったでしょ? この地は神が降臨しなかった場所だって」


 確かに、少し前に聞いたような覚えがあった。


「そう、覚えているのならいいんだけど、魔法っていうのは、自分と神の魔力によって奇跡を起こすことに他ならないの。正確には、神が残した四つの【神玉】のどれかと契約して魔力を使わせて貰っているんだけどね。ここまで言えば分かるでしょ? 神が降臨しなかった零ノ国がどういう場所かってことぐらい。少なくとも、魔法なんてもの扱えないってことは想像がつくでしょ?

――っと、話が飛んだわ。使い魔についてだったわね」


 アンは反省反省と口にしつつ、話を続けた。


「使い魔って言うのは、アンタの思っていたとおり、魔法使いの雑務をこなす下級の動物ってことで大方いいんだけど、雑務と言ってもかなり幅があるの。伝言に届け物、それから戦闘をさせるなんてこともあるわ。だから、使い魔には、それらに応えるだけの能力が備わっているの。

 まずは、言語能力ね。主従関係で言語的なトラブルを消すために、使い魔は主人の言語を理解できるようになるの。ほら、意思の疎通が突然できるようになったでしょ?

 他にはある程度、身体能力が高くなるの。おそらく、力だけならそこら辺の人間に後れを取らないぐらい強化されていると思うわ。まあ、魔力に関してはおそらく私と同じ基準になると思うから、そこは期待しないでね」


 どれくらい時間が経過したのか、ふと彼は気になって部屋の中を探した。それらしいものはなかったが、もともと難しい話から一呼吸置くための行動である。別段、困るようなことではない。


 保留にしていた課題に再びキズタは挑み、大まかな部分だけをすくい取った。


「要するに、ボクはここの言葉を理解して、さらに力が強くなった、ってことでいいのか?」

「そうね。まあ、代わりに私から数十キロ以上は離れられなくなってはいるけどね。【魔力ライン】が繋がっている間しかその状態は維持できないから」


「【魔力ライン】……?」

「【刻印】は魔力を供給されていることを表すものって言ったじゃない? で、【魔力ライン】って言うのは、その【刻印】と私を繋いでいるものなの。要するに、アンタに魔力を送る際に、使用されているパイプみたいなものよ」


 ちなみに、普通の魔法使いの【刻印】な場合は、契約している【神玉】と繋がっているらしい。


「じゃあ、それが切れたとしたら……」

「そうね。――間違いなく、言語が分からなくなるわね。身体能力はさておき、言語は致命的だから、くれぐれも私から離れないようにね」

「あ、ああ」


 もとより異世界で、少なくとも誰よりも自分の事情を知っているアンと離れるつもりはなかったが、離ればなれになってしまうデメリットがあまりにも大きく、キズタは少しばかり狼狽ろうばいした。



 アンは立ち上がりつつ、部屋の奥の方に設置されているクローゼットを指さした。


「悪いけど、しばらくは私の給仕として振る舞ってくれないかしら?」


 一瞬、耳を疑う。


「え? どうして? 話が一向に見えないんだけど?」


 これも、雑務のうちだからだろうか?


「どうしてって、そんなの、アンタみたいな使い魔がいるってバレたら大変だからじゃない」


 その言葉の意味を理解するのにそう時間はいらなかった。

 キズタは男で、アンは女なのだ。見たところ、彼女は彼と同じような年齢で子供である。ただ、子供と言っても思春期を迎えたくらいには大人だ。そんな微妙な年齢で、男の使い魔ができたと家族が知ったとしよう。面倒くさいことになるのは、目に見えている。ならば、専属の執事として雇ったと嘘を吐いた方が幾分かマシに彼は思えた。

 忘れかけていたあの時の記憶が彼の頭に浮上する。


 あの時――アンにキスされそうになったあの時だ。


 【魔力ライン】は主人の体液を使い魔が呑むことで繋がるということを、彼は後日知り、あのキス未遂の意味を理解するのだが、今この瞬間においてあれは男女間の危険な行為にしか思えない。


 執事という役割を与えることで、そういうことから避けさせようとしているのだろうと、彼は結論づけ、クローゼットへと向かう。

 疑問をひとりでに解消したキズタであったが、その答は大いに間違っていた。

 彼が使い魔であることを隠したいという狙いまでは汲み取れていたのだが、そこから先は全く違う。


 アンがキズタのことを隠したいのは、あくまでも、彼が特別な使い魔であるからに他ならない。神玉と契約していない彼女と使い魔の契約を結べたことも、異世界から召喚されたことも例外的と言えば例外的であるが、何よりも異常なのは、人でありながら人の使い魔になっている点だ。

 今までの使い魔という定義をひっくり返しかねないキズタの存在は、正直にひけらかせば彼自身の生命を脅かすことにも繋がりかねない。


 それ故、側にいても不自然ではない給仕として振る舞うことを強いたのだった。

 アンは男女のそれは全く以て考慮していなかった。


 ――ではどうして二人の間で、こうも認識のズレが生じてしまったのか。それはひどく簡単な勘違いが二人の根底に存在しているからである。


 キズタはクローゼットを開けて、そして絶句した。


 なぜなら、彼の目の前に広がっていたのは、女性ものの下着と、それからハンガーに掛けられた数着のメイド服だったのだから。


 目を疑いたくなった。しかし、現実は無情である。いくら見直してもそれは女性用下着だし、メイド服で変化はない。


 意識せずとも、首がアンの方向に曲がっていく。壊れたロボットのようにひどくゆっくりとした速度だ。なんて言えばいいのか分からず、彼は言葉を忘れてしまったかのように空気をんだ。やがて口にできたのは、何時もよりやや上ずった奇妙な声だけだった。


「あ、えと。その、ボク、一応、男、なんですけど……」


 訳も分からず、挙手していた手が震えていた。

 シュールな場面に、沈黙が覆い被さる。なんとも言えない状況下で、今度はアンが口をパクパクさせる番だった。


 ――根底にある間違い。それは、アンがキズタを女の子だと誤認していたことである。


「え、アンタが男? そ、その顔で……!?」


 言いながら、彼女の顔が徐々に朱色に染まっていく。キス未遂のあの場面を思い出したであろうことは、疑いようもないだろう。

 完全に羞恥に顔を染めた彼女は、しばらくあわあわと目を回した後、ベッドの中に飛び込み、顔を隠そうとした。しかし、そこは数十分前までキズタが寝ていた場所である。

 匂いの違いに気づいた彼女はベッドから転がり落ち、そのまま立方体の形をしているこの部屋の隅の方まで転がった。丁度、キズタの居る位置と対角をなす場所である。


「そ、その顔で本当に男なの!?」

「いや、二度も言うなよ。気にしてるんだからさ……」


 女顔、中性的とはよく言われるが、まさか本当に女に間違えられているとは全く思っていなかった。可愛いと言われた時は、きな臭く思ったが、話し合いの中で完全に忘れてしまっていた。


「あ、その、ごめん。いえ、それでもアンタ最初、ものすごく可愛らしい座り方してたじゃない!? というか、脱がせた時はそんなに男っぽくなかったじゃない!?」

「いや、だってあれは――って、脱がせた!?」


 キズタのすぐ横をトラックが通り過ぎていった、下校中のことを思い出して、彼は少し気分が悪くなった。が、脱がされたという事実に、全て吹き飛ばされてしまった。


「女の子みたいで、すっごく華奢だったわよ!」

「ひどい! 気にしてんだぞ、これでも!?」


 結局、この後二人はしばらく言い合いをすることとなったが、互いに悪意がなかったことなどを相互理解し合い、無事決着という運びになった。


 ちなみに、男にキス未遂を起こした上に、服を着替えさせてあまつさえ、自分のベッドの上に寝かせてしまった等々、心に傷を負ったアンは二日間ほど部屋に引きこもることになってしまったが、それはまた別の話である。

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