第44話 首都へ行く理由

 首都に行け。なるべく早く。

 予想だにしない言葉に私が言葉を失っていると、先にショックから立ち直ったらしいパーシー君が、恐る恐る口を開いた。


「アノ、奥様、デューク様も……首都に向かうのはいいとしまシテ、『可及的速やかに』というのは、いかなる理由があってのことなのでしょうカ」


 何故。その疑問を受けて、グロリアさんがデュークさんにちらりと目配せをした。


「デューク」

「ハイ」


 短く呼びかければ、一礼したデュークさんが部屋の隅に向かう。質問に答えずに何を、と思ったが、持ってきたのは私のスマホだ。


「ミノリ様、こちらのスマートフォンをオンにシテ、時間をご確認クダサイ」

「え、あたしのスマホ……ん?」


 スマホを受け取り、言われるがままに画面をオンにする。そして明るくなった画面の一点、時刻の表示される部分を見た私は、驚きの声を上げた。


「時間が……進んでる・・・・!?」


 そう。この二日間、土曜日の12時頃からちっとも動きを見せていなかった時計が、進んでいるのだ。

 示すのは、同じく土曜日の18時25分。だいたい六時間半ほど、時を進めた格好になる。

 と、いうことは、だ。

 私がデュークさんの顔を見ると、彼は重々しく、こくりと頷いた。


「ご覧ノ通りデス。二度切り替わりガ発生し、地球パーマントゥルの時間ガ、およそ六時間ホド進んで、またこちらニ時間の流れガ戻ってきておりマス」

「私モ、ミノリサンが倒れて病院に搬送されている間ニ、アサミとアガター先生から連絡を貰ったワ。もうすぐ切り替わる・・・・・ッテ。思っていたよりも早クこちらに戻ってきたけれど、ネ」


 グロリアさんが苦々しい表情でふっとため息をつく。

 私はここが病院であることも忘れ、大きく身を起こしてグロリアさんに大声を投げた。


「え、ちょっと、ちょっと待ってください。アサミさんは分かりますけど、ベンさんからも? なんで分かるんですか?」

「そう、そこなのデス」


 私の疑問に言葉を挟んできたのは、ベッドの隣に座るデュークさんだった。爪の尖った指先で、私のスマホを指さしながら言う。


「アガター先生は仰いマシタ。『ミノリちゃんにも早急にアラーム・・・・を持たせないとならない。それも彼女自身のスマートフォンに導入する形で』ト。その『アラーム』を入手するニハ、首都オールドカースルに向かわねばならナイ、のだそうデス」

「……アラーム?」


 デュークさんの話した内容に、私は記憶の海を探り始める。

 アラーム。確かベンさんからその話をちらと聞いたような、聞かなかったような。今日一日にいろんなことがありすぎて、正直どんなことがあったか全てを思い出せない。

 なんか引っ掛かりを覚えている私が視線を宙にさまよわせる中、グロリアさんが自分の鞄から、彼女のスマホを取り出して起動する。


「これヨ。『世界の切り替わりを・・・・・・・・・予測して通知する・・・・・・・・アラーム・・・・』。お昼に話したでショ、世界の切り替わりを予測する『あぷり』。これを、アガター先生も使っているノ」

「あー、あれがアラームですか……なるほど」


 グロリアさんが画面に表示して見せるのは、シンプルな時計が表示されたアプリだ。表示されている文字は英語だが、開発者がアメリカの人だからだろう、そんなに文字も多くないし、このくらいなら私でも分かる。

 スマホの画面をのぞき込む私に、グロリアさんが言葉をかけてくる。


「お昼の時にモ、ミノリサンにそれを使ってもらおうと話はしたケレド、こうなった以上すぐにデモ、この『あぷり』を手に入れてもらわないと後々困ル、という結論に達したワケ。これがミノリサンに、すぐにオールドカースルに向かってもらいたい理由の一つヨ」


 彼女の説明に、私は深くため息をついた。

 なるほど、確かに一度切り替わりが発生した状況で、私自身が切り替わりを知れない状況は、あまりよろしくない。

 しかしそれでも、フーグラーを離れてオールドカースルまで向かうのは手間がかかる、気がする。無駄とは分かっているが、ダメもとで食い下がってみた。


「それ、フーグラーにいる間にインストールできないんですか? こう、グロリアさんのスマホやベンさんのスマホから移すとか……」

「出来たらとっくにやっているワ。そもそも『あぷり』のサーバーはハントストアにしかないシ、『湯島堂書店』にハ設備がないモノ」


 そう話すグロリアさんが、ため息をつきつつ肩をすくめた。

 そりゃそうだ。そういう設備があったら転移した当日にインストールさせてもらえるだろう。ベンさんだって接続点になって日が浅いわけはないんだから。

 それに、ドルテに電話線は引かれていても市内を結ぶだけ、市やら領やらを跨いでのやり取りは出来ない。インストールしてもらうには、直接オールドカースルのハントストアに行かなくてはならないわけだ。

 これは、フーグラーにいてはどうにもならない。


「そうかー、それじゃ仕方ないですね……」

「ハイ、そういうことナノデス。なのデ――」

「ア、アノ……よろしいですカ、皆さん」


 私が納得して、デュークさんが説明を続けようとしたところで、おずおずとパーシー君が手を上げた。


「パーシー君、どうしたの?」


 首を傾げつつ私がパーシー君に声をかけると、彼は腕を指先でカリカリと掻きながら、眉尻を下げて口を開く。


「アノ、奥様の口ぶりから察するニ、もう一つか二つ、大きな理由がありそうな気ガ、するのですガ……」

「アラ、パーシーったら鋭いワネ」


 彼の言葉に、グロリアさんの目が小さく開いた。口角を持ち上げながらそう発すると、すぐに難しい表情になって説明を始めた。


「実はネ……さっきに起こった転移デ、ザイフリード大公国の人間ガ地球パーマントゥルを経由してたくさん各地に亡命・・してイテ……マー大公国ニモ何人も、ザイフリードの貴族様やその子供たちガ流入しているノ」

「へっ!?」

「なんですッテ」


 そして話されたその内容に、私もパーシー君も揃って素っ頓狂な声を上げた。

 ザイフリード大公国。何度かパーシー君から説明をしてもらった記憶がある。車の生産が盛んな、大きな国だとか。

 その国からの、貴族たちの亡命。そんなの、どう考えたって普通じゃない。国境を越えることがほとんど無いこの世界だから、猶のことだ。

 グロリアさんがため息を吐きながら、力なく頭を振る。


「他国との人の行き来ガ、外交と商売、留学くらいでしかない世界だからネ……国外脱出なんて、やろうとしたら確実に目立っちゃうワ。でも、接続点が分かってイテ、切り替わるタイミングにそこにいられれバ、地球パーマントゥルを経由して簡単に行方をくらませられちゃうワケ。竜人族バーラウは、市内の情報も入手しやすいものネ」


 そう話して、グロリアさんが力なく笑った。

 確かに、言われてみればそうだ。マー大公国にも日本以外の国に繋がっている接続点がある。逆に言えば、地球のある国やある都市に複数の国の接続点があることも、全然不思議じゃない。

 ザイフリート大公国のある都市の接続点から地球に行って、地球で移動して、別の接続点からまたドルテに戻れば、一瞬で国境を越えることが出来るわけだ。


「ということハ……あの、奥様、もしかしてフーグラーにも」

「来てるワヨ。それも『五大家ごだいけ』の一つ、シュティーリケ侯爵夫妻ガ」

「ハー……それはまた……」


 パーシー君が恐る恐るといった様子で問いかけると、グロリアさんはすぐに同意を返してきた。その返答に、大きく肩を落とす彼だ。

 その貴族の名前を、当然私は知らなくて。こっそりパーシー君の大きな耳に口元を寄せる。


「凄い人なの?」

「ザイフリードを建国の時から支え続けてきタ、ドルテでも有数の名家の一つですヨ」


 同じように声を潜めて端的に説明してくれるパーシー君。なるほど、有名人も有名人だ。そんな人が他国に亡命、なんてことになったら絶対、絶対フーグラー市内は大騒ぎになる。

 状況を飲み込んだ私に、グロリアさんが苦笑しながら声をかけてきた。


「つまり、ザイフリード大公国ハそれだけとんでもない状況に置かれてイテ、そのしわ寄せが世界各国の都市ニ来ている、というわけナノ。もちろんフーグラーも例外ではナイ……だから、そういうゴタゴタに巻き込まれる前ニ、ミノリサンにはここを離れてほしい、ということなのヨ」

「オールドカースルにもキット亡命者はいることと思いマスガ、フーグラーよりハ粛々と処理されるでショウ。なにせ、首都ですカラネ。より安全デス」


 デュークさんもその話の後を継ぎながら、うんうんと深く頷いていた。

 つまりは、あれだ。これからフーグラー市は、いろいろと面倒くさいことになるらしい。それから逃れるためにも、私には首都に行ってもらいたい、ということなのだろう。


「と、いうコト。ごめんなさいネ、こんなことに巻き込んでしまッテ」

「いえ……」


 謝りながら私の手に手を乗せるグロリアさんに、私は力なく、返事を返すので精一杯だった。

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