第17話 古都の道を歩く

「それにしても、フーグラーの裏通りってあんなに入り組んでいたんだね……表通りは広いから、てっきりもっと整然と整っているものだと」


 財布から30アルギンが引っこ抜かれた現実にめげることなく、私はパーシー君と二人、フーグラー市に伸びる大通りの一本、ヘルトリング通りを歩いていた。

 私の手には服屋で買った服を収めた紙袋と、私の鞄があるが、スられないよう両手でしっかり前に抱えている。


 ヘルトリング通りは雑貨屋、服屋、パン屋にアクセサリーショップなどなど、様々な商店が軒を連ねるフーグラーのメインストリート。

 ふらりと入れば名店に当たると評判のパン屋で「Covrigiコヴリッジ」というパンを買って、ヘルトリング通りをゆっくり歩くのもオシャレなものです。

 以上、「みるぶ異世界」27ページ、フーグラー市のオススメスポット三選より抜粋。

 ちなみに私がグロリアさんと入った服屋も、このヘルトリング通りの中にあった。


 表通りと裏通りのあまりの違いに呆気に取られる私に、パーシー君が口角を小さく上げつつ、人差し指を立てながら解説に入る。


「フーグラー市はマー大公国の中デモ歴史が古く、古都ことと呼ばれていマス。

 表通りや大通りは街路樹なども植えられて広く整備されていますガ、一本裏に入ると旧市街の入り組んだ細かい交差点ヤ、かつての姿を保ったママの道が多くあるのデス。

 『フーグラーのスリは首都の騎士からも逃げおおせる』ということわざもあるくらいなのデスヨ」

「へー……」


 ちょっとだけ誇らしげに見えるパーシー君の顔を見ながら、私は感嘆の声を漏らした。

 確かにさっきも、私を抱えて走るヒューゴーにパーシー君は早い段階で引き離されてしまっていたし、騎士たちがやって来たのもかなり時間が経ってからだった。

 あれだけ道が入り組んでいるのでは、腕の立つ騎士たちでも追いかけるのに難儀することは間違いないだろう。

 口元に笑みを浮かべたままで、パーシー君の瞳が懐かしげに細められる。


「ボクも小さい頃は、よくマーマに連れられて旧市街の街並みヲ散策したものデス。マーマやパメラとかくれんぼして遊んだりシテ……

 マーマはフーグラーの旧市街を歩いては、マーマのマーマ……ボクにとってはbunicaブニカ、お祖母ちゃんですネ。

 その方の故郷の街並みを思い出す、と話していまシタ」

「パーシー君の、お祖母ちゃん……」


 自分の子供の頃を思い出すように、感慨深げに昔の話をするパーシー君の「お祖母ちゃん」という言葉に、私は思わず彼の狼の顔を見つめた。

 母方の祖母ということは、その人は純粋に地球人で、日本に住んでいる人間なのだろう。

 自分の娘が異世界に旅立って、そこで結婚し、子供を設けて、日々を生きていると知ったら、その人はどう思うだろうか。それも幸せだと断言できない、差別の中に身を置く日々を。

 そういえば私も、長らくお祖母ちゃんに会いに行っていないな、と思い返す。この「旅行」が終わって、地球に帰れたら、久しぶりに連絡を取ってみようか。

 顔を見つめたままでぼんやりとし始めた私の鼻先をちょんと突いたパーシー君が、ふっと小さく息を吐いて首を傾げる。


「勿論ボクはブニカにお会いしたこと、ないですヨ? パーパは一度会ったことがあると話していまシタ。マーマによく似て、綺麗な方だったと」

「……パーシー君のお父さんが、『湯島堂書店ゆしまどうしょてん』を通って地球に行ったのって、その時の事?」


 そういえばベンさんが、湯島堂書店を通って地球に行ったフーグラーの人の中に、パーシー君のお父さんがいた、と話していたのではなかったか。

 その言葉を思い返しながら問いを投げると、パーシー君は笑みを浮かべてゆっくりと頷いた。


「そうらしいデス。僕が生まれる数か月前ニ、マーマとパーパが二人で日本ジャポーニアに……地球に、会いに行ったと言っていまシタ。Luna de miere……ハネムーンだって、マーマはおどけて話していましたネ。

 マーマは、パーパを地球に連れて行っていいものか悩んだそうですガ、パーパがどうしても、一度ご挨拶に伺いたいと話していたラシク。

 それから帰って程なくしてボクが生まれテ、パメラも生まれテ、マーマも日本語研究の仕事が忙しくなっテ、日本ジャポーニアに行くことの無いまま今に至るということデスネ。

 その時に、アキハバラという街で購入したデジタルカメラを、パーパは今も大事に持っていマス」


 話しながら手で箱型を作るパーシー君。しかるに、そのサイズのデジカメをお父さんが持っているということなのだろう。

 予想はしていたが、結構大きい。昔のデジカメなんだから当然と言えば当然だが。

 しかし、これで情報の出所が分かった。何のことは無い、現物を知っていたのだ。だいぶ昔の奴だけど。


「あ……なるほど、パーシー君がどこでデジカメの存在を知ったのか、不思議に思ってたけれど……お父さんが持っていたんだ。

 あっと、ちょっとごめんね、このお店のショーウィンドウいい感じ。パーシー君一枚撮ってくれる? ここのボタン押せばシャッター降りるから」

「ここですカ? ……あぁ、確かに。それじゃお借りしますネ。笑ってー……」


 話しながら歩いていて、ふと横を見たらすごく可愛くておしゃれなショーウィンドウが私の目に留まる。

 すごくファンシーでポップ、可愛らしい上に洗練されている。なんとも人目を引く華やかさ。

 折角なので鞄から取り出してカメラアプリを起動した私のスマホをパーシー君に渡し、カメラの撮り方をレクチャーする私だ。

 スマホだから画面上のシャッターボタンをタップすれば撮れるけれど、手が毛で覆われている上に手袋をしているパーシー君の指に、反応しない可能性が高い。音量ボタンを押してシャッター切った方が確実だ。

 簡単な説明をするや、すぐに操作方法を飲み込んで写真を撮ってみせるパーシー君、ガイドとして実に優秀である。ほんとに無期限でギルドから借りれたことは大きい。


 スマホを返してもらって撮影された写真を確認する私の手の中のスマホを、パーシー君は興味深そうに見つめた。


「サワさんのお手持ちのデジタルカメラは、すごく小さくて薄いですヨネ? 新しいものなのですカ?」

「あー、これ? デジカメっていうかスマートフォンなんだけど……

 これの中に、カメラも、電話も、計算機も、メモ帳も、色々な機能が入ってるんだよね。買ったのは大体二年前くらいだったかな」

「二年……パーパのデジタルカメラがボクが生まれる前に買ったモノですカラ……凄いですネ、地球の技術革新……」


 牙の生え揃った口をぽかんと開いて、驚愕を露にするパーシー君である。

 スマホを再び鞄の中にしまって歩き出した私とパーシー君は、引き続きスマホについての話題に花が咲いていた。

 やれiP○oneはイヤホンジャックが無くなってどうだ、やれAnd○oidはUSB-Cのコネクタがどうだ、こんなアプリがある、あんなアプリをよく使う、なんて具合に。

 ちなみに私はスマホは一貫してAnd○oid派である。


「そんなに色々と機能があるト、バッテリーが足りなくなりそうで怖いですネ」

「そうかもー。今じゃもう誰もが予備用のモバイルバッテリー持ってるしねー。私も鞄の中に入ってるよ。

 こっちじゃ地球の電波が届かないから時計とカメラ機能くらいしか使うことないけど……あーでも時計も昨日の昼から動いてなかったなー。まだあっちには戻れないかな」


 さっきカメラを起動させる前に時計を確認したけれど、地球時間は変わらず昨日の昼のままだった。

 都合丸一日以上、時間が動いていないということになる。つまり地球とドルテの接続は、昨日からまだ行われていないということだ。湯島堂書店ゆしまどうしょてんでも、他にあるという場所でも。

 と、そこで私は足を止めて鞄の中をまさぐった。


「時計……あっそういえば、あの懐中時計は」

「そうでした、あれもそこそこいい値のするものですものネ……大丈夫そうですカ?」

「うん、あった、大丈夫。壊れてもいないみたい」


 真鍮製の懐中時計を取り出し、蓋を開いて中を覗き込む私。パーシー君も顔を寄せて時計の中を覗き込む。

 アンティーク調でシンプルな文字盤は、何でもなかったかのように時を刻んでいた。文字盤の長針は3の位置、短針はそこからちょっと進んだ位置。


「午後3時15分かー……何というか、そんなに時間経ってるわけじゃなかったのね、あんなことがあった後なのに」

「マァ、サワさんと奥様のお買い物もそれほど長時間かかったわけではありませんでしたシ、ヒューゴーの逃走劇も案外あっさりと片が付きましたカラ。

 まだお夕食の時間には早いですカラ、しばらく大通りをぶらぶらしていましょうカ」


 ふーっと長い息を吐きながら懐中時計をしまった私に声をかけたパーシー君が、小さく考えるような声を上げつつ辺りを見回した。


「んー、あれですネ。サワさん、通りにどこか、気になるお店などあったりはしませんカ?

 店頭のドルテ語が読めなくても、店構えやショーウィンドウから得られる情報はあることですシ」

「うーん、そうだな……服はさっき買ったし……あ、じゃあそうだ。さっきのお店」


 私は踵を返して、パーシー君の手を引いて来た道を戻っていった。数分歩いて足を止めたのは、先程写真を撮った、ショーウィンドウの可愛いお店。

 店頭には「Brutaria lui Abigail」と看板が。そしてドアには「DESCHIS」と書かれた札がかけられている。

 ドアの札の意味はよく分からないけれど、まだ日が高いこの時間だ。しまっているということは無いだろう。


「先程写真を撮影されたこちらですネ。『ブリュタリア・ルイ・アビガイル』……要するにパン屋さんデス」

「パン屋さん!? こんなにショーウィンドウ可愛く飾ってあるのに!? あっ、でもこれもこれも、確かにパンだ……」


 撮影したのがパン屋のショーウィンドウだったという事実に驚くも、よくよく見てみると確かに、プレッツェルのように固く焼きしめられたパンや、フランスパンのように細長い形をしたパンが見受けられる。

 パン屋のディスプレイなんて、ともすればシンプルで素朴なものになりがちだというのに……パン屋だと理解した上で見ると、これは、なかなかすごい。


「ドルテはどこの街でもブリュタリエパン屋がたくさんありますカラ、どのお店も集客に必死なんですヨ。こんな風に衆目を引くディスプレイを出来ないと、生き残れないのデス。

 『ブリュタリア・ルイ・アビガイル』はフーグラー市の中でも、五本の指に入る程の人気店デス。市外から買いに来る人もいるほどですヨ」


 パーシー君の説明に、私はがぜん興味をそそられた。

 こんなに素敵なディスプレイをすることが出来るパン屋、是非ともその店内を見てみたい。ついでにパンも買ってみたい。

 私の瞳はキラキラと輝いた。


「へーっ、気になる! ちょっと中を見ていってもいい?」

「いいですヨ。軽食代わりにコヴリッジでも買っていきましょうカ」


 にっこりと笑いながら、「ブリュタリア・ルイ・アビガイル」の入り口ドアを開けるパーシー君。

 カラン、と素朴な音色のドアベルが、私たち二人の来訪を歓迎していた。

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