5 森の旅人たち

 ここはある国のはずれ、長大な山脈のふもと。

 霧が立ちこめ、太陽がうすい浅葱鼠の雲にいつも覆われたところ。

 この寒さに耐える針葉樹だけが、まばらに立っている。


 この苔がちな森は広く、平坦で、方角も狂う。

「あそこで長いこと彷徨っていると、森の魔物に連れ去られちまう」

 そんな噂も、近くの街ではよく聞かれる。


 そんな森には、所々に「道しるべ」と呼ばれる木がある。

 周りとは違い、夏になっても葉を生やさず、梢を大きく広げた木に

 旅人たちは「サン」「ヨシュ」などと、一本一本名をつけている。


 一人の旅人が森を歩いていた。

 持ってきた食料はとうに尽き、その顔は空に立ちこめる雲と同じ色をしていた。

 歩く気力を使い切り、岩に腰掛けたとき

 旅人の前に魔物と呼ばれたものが現れた。

 それは旅人に近づき、一つの選択肢を与えた。

 旅人はそれを承諾した。


 そのとき、旅人の手に瘤が浮かんだ。

 足から、顔から、背中から、次々と出現した瘤は広がり

 旅人を一本の木にした。

 肉をちぎり、骨を砕き、皮膚を突き破る痛みの中、旅人は幸せであった。


 旅人は「オッリ」と呼ばれるようになった。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054888322563/episodes/1177354054888322590

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