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しかしよく見ると呼吸の感覚が規則正しすぎるし、細い眉もピクピク動いていて、本当は起きているのだということがわかる。かわいいタヌキもいたもんだなあ、なんて言ったら多分怒るだろうな。
眠れる森の美女ならともかく白雪姫だと、白雪姫はキスをされるまで死んでいるわけだけれども、白雪姫のほうが雪華のイメージにピッタリだし、死ぬとかもう絶対考えたくもないので、眠った白雪姫ということにする。
お話の改変は、僕と雪華の十八番だ。何しろ、現実まで変えちゃったわけだし。
「雪華―? 寝てるの? せっかく遊びに来たのに」
起きているのに気づかないフリをして、残念そうに振る舞ってみる。反応はなし。毒りんごを齧ったかは知らないけれど、ベッドで眠るお姫様と、情けないとはいえ一応王子様のお墨付きをお姫様から貰った僕。
ふと頭の中で、お姫様を起こすにはどうすればいいと思う? と化け猫フックたちが笑った気がした。童話のセオリー通りなら、そんなのは決まっている。王子様のキスだ。しかしキスとなると気が引ける。
夢のセカイだと、雪華にほっぺにキスしてもらったけど、お姫様を起こすキスって、唇だし。嫌というわけではもちろんないのだけれども、流石に緊張した。
あの世界一恥ずかしい告白より恥ずかしいことなんてあるのかと自分でも思うのだけれども、本人が寝ている(たぬき寝入りとはいえ)のにしてしまっていいものなのだろうか。
だけど、キスでもしない限り、このたぬき寝入りロマンティストお姫様は目覚めやしないだろう。僕は覚悟を決めることにした。
「やっぱり眠ったお姫様を起こすには、王子様のキスしかないのかなあ」
一人ごとのようにつぶやいたけれども、やっぱり反応はなし。少しだけ口元がニヤけているけれども。これはOKってことなんだろうな。
なんだか告白の時の何億倍も緊張しながら、僕は眠ったふりをしている雪華に顔を近づける。ふと思うのだけれども、実は童話の白雪姫も、王子様にキスしてほしくて、死んだふりをしていただけなんじゃないのかなあ。
だって、キスしただけで喉に引っかかってたリンゴがとれて生き返るなんておかしいじゃないか。初期稿では、棺を運んでいる時に棺をぶつけて、その拍子に喉に引っかかっていたリンゴが取れたそうだけれども、とにかく王子様の気を引きたくて、死んだふりをしていた。
なんて考えていたら、もう雪華の顔が後数センチというところにまで迫っていた。気配を感じるのか、雪華の顔が少し赤くなっている。僕はとうとう、覚悟を決めた。瑞々しい果実みたいな柔らかい感触がして、それから──。
「久しぶり……って言うのも変ですかね?」
眠ったフリをしていたお姫様が、目を開けた。僕は嬉しくて──恥ずかしくなって、頬をかく。化け猫フックが見たら、気持ち悪いと笑うかもしれない。
だけど仕方がない。他にも僕を大事に思ってくれている人がいたって、僕にとって雪華はかけがえのない存在で、あの時雪華がいないなら生きていたって仕方がないって思ったのは、間違いなく本当なんだから。
君が現実の世界で僕に笑いかけてくれるから、僕は夢のセカイにさよならをしてここにいられるんだ。
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