16

「だけどな、王子になりきれなくても、友達になりきれなくても、心の底の悲しみを埋めてやれなくても──「俺」「ぼく」「あたし」達は、持ち主である雪華のことを、案じていたし、愛していたよ」


 好きな人に告白するような愛おしさのこもった声で、化け猫フック達は言った。雪華はフックたちの手を握りながら、イタズラっぽく微笑む。

「気持ちはとっても嬉しいですけど……こいびとに、してほしい、って、意味なら、もうダメですよ。雪華の好きな、人は、仁さんだけですから」


 つっかえつっかえながらも、雪華は断言した。まるで引き立て役の道化みたいに、化け猫フックたちは笑った。


「これは手厳しい」


 ひとしきり笑って、それから──。一言、姫様失礼と断って、化け猫フックたちは雪華の胸、つまり心臓の部分──に手を当てた。瞬間、化け猫フックたちの体から、直視出来ないほどまぶしい光が噴き出す。


「長年大事にされた物には魂が宿るという」


 おとぎ話を語るように、化け猫フックたちは言う。


「本来ならもっと──人間からしてみれば長過ぎるほどの年月が必要だが、何百ものぬいぐるみがあつまっている「俺」「ぼく」「あたし」達の想いを使えば、或いは──」

「だ、ダメ……」


 雪華は僕の腕の中で身を捩った。心臓の部分に当てられているぬいぐるみの手を振り解こうとしているようだが、よほどの強い想いと力がこもっているのだろうか、弱り切った雪華の体ではビクともしない。雪華を抱えている僕にも何らかの力が働いているのか、全く身動きが取れない。止めようにも、どうしようもなかった。


「さっきはああ言ったが──」


 完全に光の塊になった化け猫フックたちは、眩しすぎて見えなかったけれども、つっかえたようにそこで言葉を切った。


「「「「「「「「「「「「大事な人間と比べられるもんじゃない、って言ってくれて、とてもうれしかったよ」」」」」」」」


 何百もの声が重なって聞こえて、その声全てが、鼻が詰まった声だった。間違いなく彼らは、その時泣いていたんだと思う。


「「「「「「「そこの、お姫様を大事に抱えてくれた王子もな。「俺」「ぼく」「あたし」たちが、おいしいとこを持っていく形になるけれど、お姫様を救ったのは、間違いなくお前の功績でもある」」」」」」


 ついでのように、だけど真剣に言って──。パン! と大きな風船が割れるような音がして、光が弾けた。どれくらいの時間目をつぶっていたのだろうか。そもそもこのセカイに、時間の感覚なんてないのかもしれないけど。


 とにかく目を開いた、その時。化け猫フックたちだったぬいぐるみは、弾けてばらばらになっていた。


「ああ……!」


 すっかり血の気を取り戻した──化け猫フック達の試みは、成功したらしい──雪華が、僕の腕の中から降りて、服や肌が濡れるのもかまわずバラバラになったぬいぐるみをかき集める。


 さっきまで話していた存在がボロボロになって転がっているのを見ると、流石に僕も嫉妬の感情は浮かばなかった。黙って雪華がぬいぐるみだったパーツを拾うのを手伝う。だけど、メチャクチャに四散したぬいぐるみのかけらは、到底集めきれるものではなかった。頭部の部分だけは、ある程度原型を残したままだったけれど──。


 それをグロテスクだとは思わないくらい、化け猫フックたちだったぬいぐるみは、ただのぬいぐるみでしかなかった。もちろん僕だって、胃がムカムカするくらい、吐き気がするくらいは気分が悪くはなったけれども、例えば──考えたくはないけど、生き物が同じようになっている場合を考えて──。生き物ほどは、心を動かされなかった。


 雪華は違った。ぬいぐるみである残骸をかけ集めて、集めきれるものではないと気がついた時、声を上げて泣いた。悲しみを心から分かち合えない僕は、そっと雪華の肩を抱いてやることしか出来なかった。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 とても大切にしていたものを自らの手で壊してしまったも同然な状況に、雪華は止まることをしらないように、涙を流し続けた。もう何も言わず、動くこともない化け猫フック達の頭部を胸に抱きながら。


 赤ん坊が親を呼ぶように、もしくは友達が死んでしまったように泣き続けて、泣くにも疲れた頃、雪華は猫のソフトクリーム屋の喉を撫でてやった時のように、綿のはみ出た部分を優しく、撫でてやった。


 物言わぬぬいぐるみの頭部がゴロゴロと喉を鳴らすのを聞いた気がしたけれど、気のせいだったかもしれない。


 あんなに雪を叩き落としていた空は、雲のカケラ一つない青空になっていた。

 

 ゴォン。

 ゴォン。

 どこか遠くで、鐘の音がした。


「何だか、雪華達を祝福してくれているみたいですね」


 雪みたいに白い顔を、泣いたせいで真っ赤にしながら、大切そうにぬいぐるみの頭部を抱えていた雪華が、言ってくれたけれども。


 僕には別の意味に聞こえた。


 シンデレラの鐘。

 夢の終わり。

 僕の想像を肯定するように、雪が溶けていく。

 悪い夢と現実が消えていくように。

 全てが終わるように。


 雪の溶けた地面からは、瞬く間に無数の芽が顔を出し、白く小さな花を咲かせた。スノードロップだ。


 色を分け与えた友達の死を悲しむように、花弁を散らし、まるで雪のように辺りに散らばり踊り狂う。怒り、荒れた雪と違って、温かく優しいそれは、春の雪があるとしたらいまここに吹き荒れている花びらがそうなのだろうと思う。


 温かい雪は、僕達を、ぬいぐるみの残骸をもそっと包み込んで、視界を覆っていき──。


 そして彼女のセカイは、消え去った。

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