11

 魔女のお菓子の家みたいな甘い環境で育った僕には、過ぎた痛みだ。僕の体の傷と、雪華の生命を侵食するげんじつを、手でねじ伏せる。


 一生羽化しないだろう汚いイモムシであるぼくは、消毒液をかけられたようにゴロゴロと転がって進む。醜いアヒルの子が永遠に醜かったら、多分今の僕みたいになってるんだろうな。


『天性の才能のない奴が、才能のあるやつと同等とまではいかないでも、近づくためには、どうすればいい?』


 猫の意地悪な問いかけが、僕の頭に蘇る。簡単だ、努力すればいい! 現実でなにもかも諦めきったような顔しくさってたぶん、今くらい踏ん張ってみせろバカな王子もどき!


 もはや吹雪は完全に凶器だった。だけどそれは、夕焼けの中の雪華の表情くらいの希望でもあった。激しいということは、中心部に近いということだからだ。


 やがて、何かの影が見えてくる。大きな氷山だった。一見すると、それだけの嬉しくもなんともないものに見える。


 だけど、氷山の中心部、雪の中で美しく咲く華は誤魔化しようがない。大きな氷山の中に、雪華の体があった。雪の欠片で編み上げたような透明感のある美しいドレスを着て、金の髪の頂には雪の女王の冠を被っている。


 小振りな足に合わせて履いているらしいガラスの靴は、片方だけ素足のままだった。そんな衣装と合わせて拵えたような青くてきれいな瞳は閉じられている。


 氷の中で眠る姫君は、そのまま二度と起きない気がして、すっかり感覚が麻痺した体に寒気を覚える。


「────っ!」


 僕は雪華の名前を呼んだ。呼んだつもりだった。だけど言葉は凍りついて、雪華に届く前に雪の上に落ちる。透明な言葉が吐き出されるたびにボトボト落ちるのは笑えるくらいシュールだった。


 ここに来て、僕が否定した夢の世界が牙を向いて邪魔をする。


「────っ!」


 ちくしょう、という言葉さえ凍って、声にならなかった夢と現実、両方が僕の邪魔をしている。小汚いハツカネズミの僕を、舞踏会げんじつに憧れるシンデレラ雪華の手伝いもさせるまいと、両側から押しつぶす。


 閉じられたままの雪華の目から、涙が零れていた。雪華も現実の痛みに苦しんでいるんだ。そう思った。

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