空飛ぶトランクの、お姫様と男の人がお別れしてしまう結末は今も好きじゃないけれど、これからもっと嫌いになりそうです。だって雪華と仁さんで、同じようなことが起こっちゃったから。


 雪華の体は、仁さんが紺色の学生服に袖を通すようになっても、良くなりませんでした。 仁さんが言うには、女の子の制服は真っ白でキレイなんだって。いいなあ。雪華も、一緒の学校に通いたいです。


 一緒の学校に通うどころか、雪華は仁さんのいる街から離れて、もっと本格的な治療の出来る病院へ入らないといけなくなってしまいました。


「仁さんと離れるなんて、イヤ、イヤ、イヤ」


 雪華は仁さんもお父さんもお母さんも困らせるのを知っていて、駄々をこねました。


「電話だってするし、メールもするよ。だから泣かないで、雪華」

「・・・・・・はい」


 仁さんは、雪華に対して、自分が出来る最大限の返事をしてくれました。だから、それ以上わめくのはいけないことだと思って、涙の膜で仁さんの姿をぼやけさせたまま、雪華は頷きました。


 電話もメールもするよ、という約束通り、毎日ではないけれども、仁さんは雪華に連絡をくれました。

 

 あんまりおもしろおかしい生活をしているわけじゃないから。と一番最初のメールで断っていた仁さんのメールは、本人が言ってた通りの、極々ありふれた話で満ちあふれていました。


 今日はいい天気だったよ。

 学校の帰り道にきれいな花が咲いていたよ。

 雪華がいつもだっこしてたネコのぬいぐるみと同じ毛並みのネコがいたよ。


 一言二言のメールと、時々付属されて送られてくる写真を材料に、雪華は想像しました。


 真っ青な空の下、仁さんと歩くことができたら。きれいな花を、二人で見ることができたら。お気に入りのぬいぐるみと似た毛並みのネコを、撫でてあげることが出来たら。


 そんなことばかりを考えています。


 あーあ。想像だけじゃなくて、仁さんと一緒に、真っ青な空の下を歩けたらなあ。一度きりだけじゃない、何度でも何度でも、いろんな場所を歩いて笑って。


 一回だけじゃ足りないです。何度でもいろんなセカイを歩いて、本当の冒険をして。何度でも仁さんと恋に落ちるんです。


 そしたら──。

 

 仁さんのいる世界からいなくなっても、

 文字通り、例えでもなく死んじゃっても、

 悔いはないかなあ。


 仁さんと雪華と、ぬいぐるみと、たったそれだけの冒険でも、仁さんにはいろいろと迷惑はかけちゃうかもしれないけれど。いいよね?


 だって、仁さんと雪華が結ばれても、困ったことがあってピンチに陥っても、それは本当じゃないから。こんなこと、ありえっこないから。


 想像の中だけなら、思ってもいいよね? 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る