笑われたとしても。幼稚だとしても。ばかげていたとしても。そのくだらないものが大切で、大切で、かけがえのないものだったんだ。縁日屋台に売っている、オモチャの指輪みたいなまがい物が、宝物だったんだ。


 だから僕は、ワラのおうちみたいに吹き飛びそうな三つの根拠を、悪い魔法使いを倒す唯一の武器に変えて、開いた穴の中に飛び込んだ。




 飛び込んだ先は、左右前方の壁が全て本棚で覆い尽くされた部屋だった。雪華と一緒に遊んだ部屋に似ていたけれども、よく見るとベッドもぬいぐるみもなかったりして、細部が違っている。本棚から一冊の本が、ひらりと鳥のように飛び出して、パラパラとページをひとりでに繰った。

 

 本の中から、良く聞き知った声が聞こえてくる。


 ずっと、ユメをみてた。ねてるときにみる、フワフワした、あさおきて、もとのセカイにもどってくるときに、するりときえてしまうものじゃなくて、おきてるときにもずっと、ユメをみてた。


 たとえば、カベになんかすごいうずをまいたあながあいて、そこからべつのセカイにいけないかなあとか、ソラからなにかすごいものがおちてこないかなあとか。


 そういうことをかんがえるのは、とってもとくいだった。ずうっとそういうおはなしをみて、まいにちをすごしてきたようなものだったから。だからきょうも、そんなことをかんがえて、まどのそとをじっとみていた。


 今よりも幼くて舌っ足らずな声が、僕の鼓膜を揺さぶった。


 じっと窓の外に、空想の世界をおもいえがいていたら、ほんとうに夢が現実になった。動物のオリみたいになってる、おっきなもんのむこうから、男の子がこっちをみていたのだ。男の子は別段絵本の中の王子様って感じじゃなかったけれども、なんだか──やさしそうだな、遊んでくれそうだなあなんて、少し思った。


 真っ黒けっけのかみも、夜空の王子様といえなくもないし。門の向こうの男の子に、気を取られていたのがいけなかった。もう何回も読んでボロボロになっていた本のページが、ひらりと窓の外へと、飛んでいってしまったのだ。


 あーあ、ついてないなあ。


 お外でなんか遊べないの当たり前だし、ゆきかは不幸な子なのかもしれない。それが当たり前だから、つまんないなあ、っていうのとは別として、あんまり実感が湧かないのだけれども。


 何もかも諦めたような目で、男の子とゆきかの間の庭に落っこちた本のページを見ていたら、男の子が視界から消えた。


 帰っちゃったのかなあ、って思ったら、ズデン、と嫌な音を立てて、空から落っこちてきた。見事な転び方だった。どうやら壁を登って降りてきたらしい。どうやって、の部分がわかればそんなにたいしたことじゃないんだろうけど、塀の上に注目していなかった私には、本当に空から落っこちてきたように見えて──。


 夢に描いていた空想が、本当になったと思った。


 男の子はめげずに起きあがり、泣くこともなくゆきかにピースサインを送ってくれたので、こっちも慌ててピースサインを送った。ピースサインを送った自分は、きっと男の子と同じように笑っていたのだと思う。


 男の子は、ゆきかが思い描いていたような王子様の動作で、私に本のカケラを差し出してくれて──。


「いっしょに、あそんでくれますか?」


 お礼を言うのも忘れて、ついそんなすっとんきょうなことをお願いしてしまったのだ。

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