背後で声がした。振り返ると、そこには斬り伏せたはずの化けネコフックが立っていた。化けネコフックの腹からは、血ではなく綿がはみ出ていた。


 あっという間に白いセカイに変わった景色の中で、古ぼけたような綿の白が、やけに目に痛かった。


「お姫様を助けるのなら、もっともっと上等な武器が必要だ」


 綿がはみ出ているくせに、言う言葉は断言口調だった。


「ネコ・・・・・・いや、フック、君は」

「お姫様は、簡単なことを王子様に言うことが出来なかったんだ。苦しい、痛い、側にいてほしいってな」


 僕の言葉を遮って、化けネコフックは続けた。


「俺は──「俺達」は、彼女とずっと一緒にいた。そして、笑う顔も、泣いてる顔も、悲しい顔も、ずっと見守って来たんだ」


 腹からはみ出た綿が、ぼろぼろ涙のように、雪の積もった地面に落ちる。


「だけど、俺たちじゃダメなんだ。お姫様は俺たちを大事にしてくれた。でも、愛し、愛されたと言っても、俺たちと人間じゃ、深い隔たりがある。言ってる意味がわかるか?」


 僕は頷いた。僕がそんなにご大層な人間かどうかはさておき、なんとなく予想が出来る質問だったからだ。


「俺たちぬいぐるみじゃあ、どんなにお姫様が素敵な役割をくれたって、ぬいぐるみでしかないんだ。そうだろ?」


 化けネコフックは──ぬいぐるみは、泣いていたのだと思う。実際には涙を流していなかったけれども、一緒に雪華と、物語を演じていた時のぬいぐるみは、確かに怒って泣いて笑って叫んでいたように見えたから。


 涙の代わりにお腹から綿を出しながら、ぬいぐるみは間違いなく泣いていた。


「お前は違う。お前は人間だ。人間の王子だけが、死の淵にいるお姫様を助けられるんだ」


 化けネコフックは手に持っていた剣を、地面に突き刺した。無骨で無機質な剣は光り輝いて、姿を変える。白い雪のセカイの地面に、聖剣のように立派な長剣が突き刺さっていた。


「さあ行け。俺たちの怨念の籠もった剣を、勇気の剣に変え、お姫様を救って見せろ」

「ありがとう、化けネコフック──ねえ、俺たちってことは、君は化けネコフックという個体というわけじゃないってこと?」


 化けネコフックは、フンッと、まさに気まぐれネコそのものの表情で──笑う。お前が一番知ってるだろう、という気持ちが、顔にそのまんま出ていた。


「言っただろう。そして、お前は知ってるだろう? 「俺は──」「あたしは」「ボクは」」


 たくさんの声が、好き勝手な合唱みたいに重なって聞こえる。


「ただのぬいぐるみ。人がくれる役割によって「俺は」「あたしは」「ボクは」家族にも、仲間にも、敵にも、他の姿にもなれる」


 化けネコの姿が、象やキリンやクマ、普通のサイズのネコに、移り変わっては戻る。


 それは、僕と雪華が、一緒に遊んで、一緒にお話を読んだ、部屋のぬいぐるみ達だった。


「人がいなければ、しゃべることも、笑うことも、怒ることも出来ないし、きっとお姫様はいつか俺たちのことを忘れてしまうだろうけれども──それでも俺たちは、お姫様を愛していたんだ。忘れるんじゃねえぞ」


 長靴こそはいていないけれども、二本足で立って、自分達の気持ちを教えてくれた化け物フックは、最後の最後で、立派な「ネコ先生長靴を履いたネコ」に見えた。

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