空を飛んでいく鳥の声と、潮の香り。ギシギシ鳴いて叫ぶ不安定な木の足場。場所も、化け物の城じゃない。


 キャプテンフックが誇る、海賊船の甲板だ。


「さあて、お姫様を助けたいなら、この俺を倒してみるんだな・・・・・・ちょっとお決まりすぎる言い方だったか、フフフフ」


 ネコは、いつの間にかフックみたいな釣り針の形を義手をつけた、大きな大きな化けネコに変身していた。


 甲板の隅には、縛って転がされた雪華がいた。金髪の髪が赤色のリボンで横に二つに結わえられていて、身につけたワンピースの桃色だけが、さっきのお姫様ドレスの立葵を残していた。


 彼女と同じように、ピーターパンの仲間たちのつもりらしい、クマとかウサギが縛られて転がっているのが、やけにこっけいだった。


「やるからには、本気でやらせてもらうぞ、ピーター!」


 フックの大嫌いなトケイワニそっくりの牙を剥きながら、化けネコは前足で握った剣を握り、突進してきた。僕も尽かさず腰の短剣を抜いて、刃の進行を食い止める。短剣でよく長剣の刃が食い止められるな、なんて考えるヒマもなく、化けネコの猛攻が続く。


 一撃、二撃、三撃! 三撃目はとっさに空に逃げた。なんてったって、今の僕はピーターパンだからね。


「卑怯な真似を! 降りてきて正々堂々と勝負しろ!」

「人のお姫様をさらっておいて、卑怯も何もないんじゃないの!」


 皮肉を返しつつも、このまま空を飛んでるだけじゃ決着がつかない。僕は自由落下するような加速度をつけて、短剣を化けネコ向けて構え、突進する!


 金属と金属が激突する音が耳をつんざいて、突進した意味もなく、僕と化けネコは再び鍔迫り合いに逆戻りする。


「臆病者め! ピーターパンのようなフラフラ小僧! お前みたいなヤツは、大切なお姫様一人守れやしない!」


 中々決着がつきそうにないことに、早くも化けネコの方がじれたのか、剣と剣の押し合いを続けながら、僕を罵倒する。確かに僕は根暗だし、立派な人間とはとても言えない。お姫様を守れる騎士とか勇者って器でもないだろう。でもフラフラ小僧扱いされるのはとても腹が立った。


「僕は、フラフラ小僧なんかじゃない! 雪華に会えない時だってずっと、雪華のことを想ってたさ!」

「お前は嘘つきだ! 次は狼が来たぞ、とでも叫ぶつもりか!」

「嘘なんかじゃない! これだけは、この気持ちだけは──」

「ならどうして、雪華との連絡が途絶えた時、そこで諦めた?」


 腹を切り裂かれた気持ちだった。切り裂かれた腹からは、赤ずきんちゃんの代わりに、僕のグチャグチャした情けない気持ちとか、後ろ向きな態度とかが、内蔵の固まりみたいに、ゴロゴロと外に飛び出てきた。


「少しもおかしいと思わなかったのか? お前を、お前なんかをずっと慕っていた女の子が、何の説明もなしに、連絡を途絶えさせて──」


 揺らいだ気持ちの隙を突くように、少しずつ、少しずつ押し合いに負けて、長い剣が、僕の持っている短剣が、僕の方へと切っ先を向けて、一刀両断にせんと、死を向けてくる。


 そうだ、僕、僕は──。どうして、好きな人からの連絡が途絶えて、あんなに平然としていたんだ? いや、平然としてたんじゃない、僕は──。

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